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介護中、夜の喫茶店へ逃げていた。逃げとか考える余裕さえなかった。

17年間、母を一人で自宅で介護をしていた。
亡くなる前の2年間は、歩けなくなり車椅子の生活に。
そのころから、母の独り言が増えた。

特に夜になるとひどく、
「早く帰ってこい」
大きな声で、繰り返していた。

歩けなくなった不安とストレスが、そのまま言葉に出たのだろう。
今までもずっと私の帰りを待っていた、
その思いが一気に表に出た感じだった。

でも当時の私には、それを受け止める余裕がなく、
その声を聞くと、私の心が壊れていく、そんな思いだった。


独り言は母が眠るまで、夜中も続いた。
部屋中に響きわたり、私の部屋まで聞こえてくる。

眠れなかった。
母と同じ主治医に睡眠薬を処方してもらい、それでようやく眠れた。

「飲み続けていたら体には良くないだろうな」

でも、飲まないと眠れない。
眠れないことが、こんなに辛いとは思わなかった。
母がショートステイに行っている時だけ、飲まないようにしていた。


ある夜、ふと、その声にどうしても耐えられなくなった。
母にぶつける気力さえもない。

もう、だめだ。

私は家を出て、車を走らせた。
母を家に残したまま。
向かった先は、夜の喫茶店だった。

現実逃避? 逃避行?
そんなこと、どうでもよかった。
ただその場から離れたかった。

注文して、そこに座ってぼーっとしていた。
何もしない。何も考えない。


でも、しばらくすると、母のことが頭によぎった。
歩けなくなって、車椅子生活になって。
母の人生は変わってしまった。
ごめんよ、心のなかで謝った。


喫茶店を出るとき、

「あぁ、現実が待っている」

足かせみたいな思いが、なかったといえば嘘になる。

でも、明らかに出てきた時とは違う自分がいた。
母を少し愛しく思える気持ちが芽生えていた。


母を一人置いて、

「喫茶店に逃げるように行くなんて」
「逃げてもいいでしょう」

相反する気持ちが自分のなかにあった。

でも今は違う。
これは逃げではなかった。
私には必要な場所で、必要な時間、自分を取り戻す時間だったのだ。

時折、嵐のように襲ってくる、不安や苛立ち。
押し潰されなかったのは、
こういう時間があったからだ、きっと。


喫茶店でも、コンビニでも、車の中でも。
どこでもいい。

辛い現実から離れる。
それは逃げではない、自分を守ることだ。

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