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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編 「幻燈の館」【第3話/前編】「蒼ざめた女」

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【前回のあらすじ】

神依春一は見知らぬ男の〝死〟の予知夢を観る。弟の典彦、天城調査事務所の間宮と、問題の洋館へと向かう。道中、霊視占い師・雪野志桜里と出会い、同行することに。霧深い林道の先に佇む洋館には、過去の強烈な記憶、死のビジョンがあった。



【第3話/前編】蒼ざめた女(典彦視点)

「沈黙も証言となりうる。だが、死者は嘘をつかない。」


静謐の洋館


山の木立を抜けると、視界がふっと開け、白い館が見えた。門は開いたままだった。車を進めると、砂利の音を吸うように湿ったアプローチが続き、その先に館が現れた。

どこかの成金が趣味で建てたという先入観から、もっとけばけばしい装飾の「なんちゃって洋館」を想像していた。

だが、実際に現れたのは霧のなかに沈む静謐な建物だった。成金趣味とは程遠い。ヨーロッパの邸宅に対する、強い敬意が感じられ、どこか気品のようなものを纏っている。

けれどその静謐な館も、今では荒れ果て、今ではほとんど廃墟同然の姿をさらしていた。

車を降り、洋館を改めて眺める。

玄関まで通路は石畳で、苔が広がっている。白い漆喰の外壁は、ところどころに黒ずみや剥がれを見せ、場所によってはひび割れもある。

左右対称に4組ずつ均等に並んでいる1階の窓。その白い木枠の塗装は、風雨に晒され剥げかけ、ささくれた質感を覗かせていた。

屋根の庇には落ち葉が積もっており、長く掃除された形跡はない。扉脇の半月形の窓にも、上部にある明かり窓にも蜘蛛の巣が薄くかかり、蔦が這っている。

建物の向こうに見える庭らしき空間は雑草に覆われ、かつて植えられていたであろう低木の輪郭もぼやけていた。

明らかに長期間放置されてきたことは否定できない。
しかし、15年という歳月を経てなお、全体の輪郭は崩れていない。

建てた者の美意識の名残。ヨーロッパの田園風景に心を寄せた人物が、それにふさわしい住まいを慎重に仕上げた。そんな印象を受けた。

だからこそ、この館が心霊スポットとして騒がれていることに、どこかちぐはぐな違和感がつきまとう。

館を見上げた間宮は、心底嫌そうにため息をついた。
「……まったく、しょうもない」
そして軽く舌打ちをしてから、続ける。

「オカルトマニアに肝試し、果ては配信目的のバカどもまで。こんなもんが〝名所〟扱いされちゃ、近所もたまったもんじゃない。警察も頭を抱えてるらしい」
そして肩をすくめ、冷笑を浮かべる。

この美しい館が荒らされる。その理由は単純で、この屋敷が「幽霊屋敷」として知られているからだ。

今回の集まりのために、鍵は外されていたらしい。俺は玄関のドアに手をかけ、そっと押し開けた。重い蝶番が、わずかに軋む。

空気の密度が変わるのを、肌で感じた。中はどこかひんやりしていて、閉ざされた空間特有の、外界から切り離された匂いが漂っている。

玄関は広々としていたが、決して華美ではない。正面には、奥へと延びる石張りの床が広がっている。かつて客を迎えるために整えられた空間は、今ではその役目を終え、ひたすら沈黙を守っていた。

手入れの行き届いた時期もあったのだろう。だが今は、あちこちに薄く埃が積もり、床にはかすかな足跡が点々と残されている。

ドアの両脇には、楕円形の窓がひとつずつ。磨りガラスを通して曇った光が差し込み、僅かな淡い光が玄関にぼんやりとした明るさを与えていた。その光の下で、埃がゆっくりと舞っている。

右側の壁には、古びた鏡がひとつ掛けられていた。俺はふとその前で足を止める。鏡には、古びた室内と自分の姿がぼんやりと映っていた。


この静謐な館が、かつて「家」であったということ。その事実だけが、空間に残されたすべてだった。


正面にある、館の広間へと続くらしき重厚なドアを開ける。冷たい空気が胸元を撫でた。館の入口から繋がるそこは、エントランスホールと呼ぶにふさわしい、広々とした空間だった。

天窓から落ちる光が、斑模様の影を大理石の床に描いていた。石はところどころひび割れ、古びた赤い絨毯には過去の足跡がうっすらと残る。

だが、それは空間を損なうどころか、むしろ不思議な風格を添えているようにも思える。

天井には、おそらく海をモチーフとしたらしき繊細な装飾が彫り込まれていた。揺れる水草や綺麗な貝殻のような模様が、緻密に配置されている。この館が現役だった頃には、きっとこの天井単体でもアート作品と呼べただろう。

2階へと続く階段は広く、艶のある重厚な木材が滑らかなカーブを描きながら中央の踊り場に続き、そこから左右に分かれていた。

脇にある大きな窓から光が差し込み、浮かび上がるように埃が宙を舞っている。まるで映画のワンシーンに出てきそうな風情だった。

壁には群青色の絹が張られてる。ところどころに褪せが見られるが、当初は相当に贅沢な仕立てだったのではないだろうか。

アンティーク調の椅子がぽつぽつと置かれ、赤銅色のランプスタンドが、まるでまだ客を迎えるつもりでそこに立っていた。



虚飾の群像


壁際では、招かれた面々が円を描くように立っていた。男も女も、どこか落ち着かない様子だった。

互いに目を合わせるのを避けながら、ちらちらと周囲の人間を伺っていた。なにやら妙な緊張感が漂っている。

誰かが咳払いした。ホールの空気がわずかに揺れる。
「……あー、ではまず、順に自己紹介でもしておきましょうか」
宇田川が言ったが、沈黙が返ってきた。

一拍置いて、朝比奈がかすかに鼻で笑う。
「なにそれ、合コンじゃないんだから」

「あ、じゃあオレから……」
羽賀が咳払いしてから、口を開いた。

着ているグレーのスーツは、少し色褪せて草臥れているが、清潔な白シャツとのコントラストで不潔な印象は与えない。
「清風出版の羽賀宗佑です。うちの雑誌『月刊ジャスティス』は、裏社会や未解決事件を追ってましてね。こういう〝曰く付き〟の物件、そそられちゃうんですよ」

羽賀は軽薄そうな笑みを浮かべていたが、視線は誰よりも鋭敏に動いている。内心では、すでにこの場を記事に変換する計算を始めていそうだ。

次に答えたのは、ふっくらとした体型に飄々とした笑みを浮かべる男、宇田川だった。

キャメル色のジャケットにベージュのスラックス、オフホワイトの開襟シャツ。小奇麗だが、襟元から覗く金のネックレスに多少の主張を感じる。そのせいか、どこか〝見栄えを気にする人〟という印象だ。

「ウェルステート不動産の宇田川と申します。この洋館の現オーナーでして……ああ、電気がつかないのはですね、つい先日までは問題なく点灯していたのですが、どうも設備が古いせいですかね、調子が悪いようで……。今日は日中ですし、窓から光も入りますので、そのままご案内を続けさせていただければと思いまして」

そう前置きしてから、彼はにこやかに続ける。
「まあ、こちら、曰く付きの物件というやつですな。なかなか売れなくて困っておりまして。今回は目途が立ったので、売買に備えて、雪野先生に供養をお願いしたわけです」
言葉の終わりに、まるでこの場に集まった全員に感謝するかのような笑みを浮かべたが、その目は笑っていなかった。

「朝比奈瑤子。ルシファビュラスのCEOよ。〝美しさこそ女の価値〟っていう信念でここまできたわ。ビジネスの世界じゃ、信念を持つ者が勝つもの。……嫌味に聞こえたなら、そう思っておけばいいわ」
ピンヒールの音を響かせ一歩前に踏み出した。完璧にセットされた髪と赤い口紅。その瞳は冷徹な光を宿し、何かを探るように、わずかに細められていた。視線が俺に向けられたときには、思わず身を引きそうになった。他の参加者を見下すように一通り観察した後、微かに唇を引き結んだ。

次々に名乗りを上げる面々の言葉を聞きながら、俺は心のどこかで、そっと溜息をついていた。軽薄な記者に、胡散臭い不動産屋、自意識の塊のような実業家。どうしてこうも癖の強い人間ばかりが、この館に引き寄せられるのか。いっそ、この集まりが何かに呪われているとでも思いたくなる。

次に口を開いたのは、ブラウン系ツイードのジャケットにワインレッドのネクタイを締めた男だった。胸元には同系色のチーフが差し込まれ、どこか〝見せること〟を意識した装いだ。
「山路靖。元は警察OBでね、今は清明大学の法学部で教えているよ。こういう場は慣れてるつもりだが。まあ、実に……雰囲気がある屋敷だな」
そう言いながら、その目は無遠慮なほどに参加者たちを見回している。どうも〝なにかを探るような視線〟に思えた。その視線が、俺にも一瞬だけ止まった。見知らぬ相手を見る目にしては、どこか……含みのある、疑うような色があった。

「荻原貴司といいます。あの……『ひかりの園』っていう福祉施設で……まあ、それはいいか。ともかく、子どもたちにとってこういう建物が……うん、いや……」
児童相手の仕事をしているからだろう、時計の文字盤が内向きなのが印象的だった。その語尾の不自然な硬さが耳に残る。表面は善良そうだが、卑屈な印象を与え、時折その目に暗い影が揺れる。
まるで自分の置かれた現状に苛立っている、そんな様子も感じられた。
荻原の目が一瞬だけ朝比奈と交差したかに見えたが、すぐに逸らされた。どこか所在なげに視線を落とす。

「真崎美緒、『グリーンウェイ郷土記念館』という郷土資料館の職員です。文化財の整理などを担当しています。……この館、取り壊すかもしれないんですよね。その前に記録を取らせていただきたくて」
どこか地味な印象の女性だった。目立たない無地の服に、最小限の化粧。清潔ではあるものの、控えめで慎ましい暮らしぶりがうかがえた。自己紹介を終えると、真崎はさり気なく周囲の様子をうかがった。
 
自己紹介が続く。だが、その裏で何かが始まっていた。

「えーっと、株式会社翠嶺建設で、建築現場監督をしている榊原正嗣です。30歳。えと、今回は取り壊しなりリフォームなりが可能か調査を依頼されたましたので。今日こちらに。……えっと、今日は調査ということで……すみません、えっと、あの、おれちょっと場違いかもしれませんけど……」
チャコールグレーのジャケットに白いポロシャツ、濃いカーキ色のチノパンを合わせていた。派手さはないが、清潔感のある実用的な装いだった。
自分の足元を見るようにしながらの、要領を得ない話しぶり。左手でしきりに首筋を撫でながら、へらりと照れ笑いを浮かべた。右手には分厚いファイルがしっかりと握られている。
ほかの参加者たちの自己紹介を聞いている間、何かを言いかけて飲み込んだような場面が数度あったが、癖の強い連中のなかで緊張していたのだろうか。

間宮と雪野の紹介が続くと、それに倣って春一も名乗った。
のんびりとした口調で、まるでこの場が現実でないかのような浮遊感をまとっている。

彼はまるで、「美しさ」という概念が実体を得て歩いている男だ。
春一の瞳は、透きとおるような青に、神聖さが微かな光を宿し、視線がまっすぐ貫いてくる。
ここに集まった者たちは、春一から一様に目を逸らした。
あの美貌に対して、あまりに珍しい反応だ。まさか全員、本当に後ろ暗いことでもあるのか。

最後に、俺の番が来た。
名乗るだけのことなのに、妙に気を遣う空気だ。

「神依典彦です。東京電燈パワーエナジー勤務。……今日は付き添いです」
名乗りながら、参加者たちの〝自己紹介〟がどこか演技じみていたことを思い返していた。それぞれ何かを警戒し、慎重に言葉を選んでいたように感じた。

「へぇ、一流企業じゃないですか」
荻原が言う。感心しているような口ぶりだが、どこか卑屈さの滲んでいる。乾いた皮肉と、拭いきれない羨望が入り混じっている。別に威張るつもりなどなかった。荻原の言葉の端に滲むものに、ざらついた気分になる。

春一はそんなやり取りをよそに、天井を見上げ、彫刻や装飾を目でなぞっていた。傍らには、2階へと続く階段。研ぎ澄まされた意匠の中に、使用された年月が確かに刻まれている。吹き抜け上部のアーチ窓からこぼれる柔らかな光が春一を神々しく照らす。

美しい曲線を描く手すりに指を沿わせながら、何かを感じ取っているかのような動作。まるで美術館を歩くがごとく、優雅に。
だがその瞳の青の深さには、遠い祈りのような感情が滲んでいるようだった。

兄のその姿に、俺は言い知れぬ不安に襲われた。
代崎はこの館にあてられて昏倒した……。
春一の青い瞳には、現実とは違うものが映っている。この館で、兄は本当に無事でいられるのだろうか。

エントランスの空気が、少し冷えてきた。





※この回では、事件現場となる旧梨木邸に全参加者が集合。以下に、登場人物の全体像を記した一覧を掲載しています。ご参照ください。

【登場人物一覧】

  • 神依 典彦(かみより・のりひこ)|25歳|東京電燈パワーエナジー勤務
    春一の弟。冷静沈着で理詰めを重んじる現実主義者。兄・春一の庇護者を自認し、春一を守ることに強い使命感を抱いている。

  • 神依 春一(かみより・はるいち)|26歳|喫茶店アルバイト
    今回の語り手。神々しい美貌と異能を持つ青年。静やかな雰囲気と優しい性格に反し、揺るがぬ意志と確固たる芯を秘める。過去の経験から諦観が得意。博覧強記だがコミュニケーションには難がある。

  • 間宮 真(まみや・まこと)|32歳|天城調査事務所 所属調査員
    職業探偵。元刑事の合理主義者。3年前まで警視庁刑事部捜査第一課強行犯係に所属していた。過去のトラウマによりオカルト全般を嫌い、異能にも懐疑的。春一たちに調査を依頼し、同行する。


🔹参加者たち

  • 雪野 志桜里(ゆきの・しおり)|28歳|霊視占い師
    洋館の供養依頼で呼ばれた異能者。柔らかく丁寧な口調の女性。確かな信念と静穏な雰囲気を持つ。

  • 宇田川 昇(うだがわ・のぼる)|55歳|ウェルステート不動産 社長
    旧梨木邸の現オーナー。事故物件の処理を急いでいる。無神経ながら、責任感は強い。

  • 朝比奈 瑤子(あさひな・ようこ)|40歳|ルシファビュラス CEO
    全身をハイブランドで固めた自信家の実業家。

  • 荻原 貴司(おぎわら・たかし)|35歳|学童保育指導員
    物腰は低いが、内面に卑屈さと攻撃性を秘める。

  • 榊原 正嗣(さかきばら・まさつぐ)|30歳|翠嶺建設 現場監督
    取り壊し等の事前調査のため参加。素朴で善良だが、要領は良くない。

  • 羽賀 宗佑(はが・そうすけ)|45歳|清風出版 所属記者
    取材目的で参加。軽薄な印象だが、過去の後悔から取材姿勢は真摯。

  • 真崎 美緒(まさき・みお)|27歳|グリーンウェイ郷土記念館 職員
    文化財・旧梨木邸の記録目的で参加。地味で物静かな女性。

  • 山路 靖(やまじ・やすし)|58歳|清明大学 法学部講師(元県警広報課)
    プライドが高く、他者に対する優位性を誇示する傾向がある。


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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。