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創作大賞2025参加 : 神の器 特別編「幻燈の館」【第6話】「クローズド・サークル」

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【登場人物】

間宮 真(32) 
硬派な職業探偵。冷静沈着な元刑事。

神依 春一(26)
語り手。異能の持ち主。品性を重んじる。

神依 典彦(25)
春一の弟。電力会社勤務。春一の庇護者を自認。

榊原正嗣(30)
説明の丁寧な建設現場監督。

宇田川 昇(55)
機械音痴な物件の持ち主。


【前回のあらすじ】

密室で遺体となって発見された朝比奈瑤子。通報を試みるが圏外。その後、間宮の指揮のもと、電力会社勤務の典彦と、建設会社勤務の榊原は、電話設備・無線・配電盤・非常用発電機まで検証を重ねていく。そして館の連絡手段がことごとく途絶したことが発覚する。



【第6話】クローズド・サークル(春一視点)


「真実は、海より深い孤独に宿る。」


SOS - SOS


間宮は、一度、合流し事実を共有すべきだと噛み締めるように告げ、俺たちはリビングルームへ向かった。

足を踏み入れると、全員が黙り込んで待機していた。

羽賀は眉間に皺を寄せ窓際に立ち、腕を組んだまま外を見つめている。山路は暖炉の前の長椅子に腰掛けて、顔面蒼白で硬直していた。

リビングルームには三つの円卓が配置されている。中央に一つ、窓側に一つ、そして扉近くの左手にも一つ。中央の円卓を避けるように、男女に別れて二つの円卓が使用されていた。

「固定電話はどうでしたか?」
扉近く、左手の円卓に座っていた美緒が、俺たちと管理人室から戻った宇田川に問いかける。

言葉に詰まる宇田川の代わりに、その隣から榊原が答える。
「線が完全に切れています。電話機も……古いのがあるだけで、ダイヤルも反応しませんでした」

納得できなさそうな一同に向かい、間宮が言葉を引き継ぐ。
「固定回線は繋がらねぇ。電話線がきれてんのか、中継局そのものが落ちてるのか……ともかく、この状況では通じない。無線も反応がない。現時点で無線での連絡は不可能だ」

「復旧できないのか?」
山路が些か高圧的に口を挟むが、あっさりと首を横に振られて憮然としながら、言い募る。
「じゃあ、なにか別の方法はなのか? ほら、衛星通信とか、緊急用の何かとか……」
曖昧模糊とした質問ではあるが、言いたいことは判る。

問題は、パラボラアンテナと衛星通信電話、この建物と参加者が保持しているわけがないことだ。

典彦は、中央の空いた円卓に俺を誘導しながら、視線を少し彷徨わせた。どこから説明したものかと思案しているのが判る。

工学に欠片も興味のない人間との交流なんて、上京してあの雪深い村を出て以来だろう。そしてあそこにはそもそも電話のある家すら稀だった。

「……衛星電話は持ち込みが必要です。誰も持ってないでしょう。それに衛星を捕まえるにも今の天候じゃ、アンテナ設置しても無駄です」

美緒の隣に座る志桜里が首を傾げながら無邪気な内容を尋ねる。
「えっと、Wi-Fiとか……なんか、電波みたいな、繋げないんですか?」

それにはWi-Fi対応モバイルルーターが必要である。そしてここは、都内とはいえ山間部。仮にルーターがあり、基地局に被害がなくとも、この暴風雨が止んでから数時間は電波を拾えない。

おそらく彼女の質問の意図は、ルーターの有無だ。Local Area Networkを外部に繋ぐ設備はないのか。それを志桜里が出力した結果、Wi-Fi電波みたいな、という表現になったのだろう。

椅子を引いて座らせた俺の後ろに立ったまま、典彦は、些か初歩的すぎる質問にやはり困惑しながら答えた。
「Wi-Fiは無線LANの一種。外と繋がるには中継設備か基地局が必要です。……そもそもLANっていうのは、ローカル、エリア、ネットワークの略称。つまり内部ネットワークなので、外部通信には使えません。……今の天候と設備ではまず無理です」

一同は黙り込んだ。何かあるはずと思っていた希望が、説明されるたびに一つずつ潰されていく。

「非常用の通信設備なんかはないのか?緊急通報装置とか、そっち系も?」
羽賀の質問にも、典彦が淡々と答えた。
「管理人室の設備には見当たりませんでした」

簡素すぎる典彦の答えを聞いた榊原が、左手の円卓の空席へと向かっていた足を止め、全員を見渡して、丁寧に説明し直す。
「ここは、とても古い建築構造で、定期的なメンテナンスなんかもしていなかったんです。だから、消防法で求められる水準も最低限しか満たしていません。えーと、つまり、もし仮に、非常通報回線があったとしても、停止してます」

間宮が静かに言葉を継いだ。
「この天候のせいもあるだろうが、設備の老朽化も進んでいたということだ。アンテナも回線も、維持されていれば機能していたらしいが……」

その言葉に、志桜里が小さく頷く。
「そうでした。この洋館、事故物件になってから、まともなメンテナンスはされてないと伺ってました」

「……じゃあ、本当に、どうにもならないのか」
山路は、もはや縋るように問いかけたが、その声には少し攻撃的な響きもあった。

硝子窓に寄りかかりながら、羽賀はあくまで軽薄な口調で言い放つ。
「おいおい、通信手段が全部アウトかよ。この洋館、さすが心霊物件って感じだな。とはいえ噂とはレベルが違うけど。神様、オレたちのこと嫌いすぎじゃねえか?」

それを聞いた山路が怒鳴るが、指先はかすかに震えていた。
「死体があるのに、連絡が取れないとは……そんな馬鹿げた話があってたまるか」

志桜里が暖炉の前の長椅子へと向き直り、山路にそっと言葉を添える。
「どうか、ご冷静に」

山路は腕を組み黙り込んだ。その眉間には、深い皺が刻まれたままだ。

「ええ、まったくですよ。いきなり殺人、連絡手段は全滅……ふざけるなと言いたくもなります」
吐き捨てるような荻原貴司のその言葉に、誰も異を唱えなかった。今、この場にいる誰しもが、同じ困惑と焦燥のなかにあったのだ。

朝比奈瑤子の亡骸が見つかってから、すでに四十分近くが経過している。時間の感覚は曖昧で、空気の重さが際立っていた。


俺も、言葉を返さなかった。彼に言葉を返すべきではない。

この館に滞在する全員が、心の中で認めつつあった。
何かが狂っていると、確信し始めていた。



深海の沈没船


「……通信が、すべて繋がらない」
美緒のゆっくりとした声が、冷たく響く。

携帯も圏外、固定電話も無線も不通。
硝子窓の向こうで吹き荒れる嵐を背景に、凍りついたような沈黙が室内を支配していた。

俺は、この瀟洒な館の夜に、音も届かぬ深海の底に沈んだ船を重ねた。

「……外の様子を見に行くべきではないのか。道路の状態を確認して、使えるなら救助を呼びに行くんだ」
山路が言う。焦燥を隠そうとしない声音だった。尤もな提案だが、彼の語調からは、その役目を自分で担う気配は感じられなかった。

死者が出て、通報も叶わない。誰かが外へ出るしかない。誰もがそれを分かっていながら、言葉にすることを恐れていた。
焦りが空気に溶け込み、じわりと呼吸を重たくしてゆく。

稲光が館内を照らし、轟く風が館全体を軋ませていた。荘厳な飾り電灯が返す幽かな光は、風雅な調度の輪郭を淡い影絵のように浮かび上がらせた。

そのとき、宇田川が静かに手を挙げた。腹を括ったような面持ちだった。
「……私が見てきます。地形については、私が一番把握していますので」

言葉に嘘はなかった。この館の管理を担っているのは彼であり、本来、最もこの場所に通じているはずの人物でもある。
「裏手の、南へ抜ける坂道の様子を」

嵐の中を進むという彼を、誰も制止しなかった。
「夜道は危ないっすよ。俺も行きます」
榊原の申し出は善意そのものだったが、宇田川にすぐに謝絶された。
「いや、一人で十分です。あなたは、中に」

「……じゃあ、これを。せめてレインコートだけでも」
榊原が鞄から取り出したのは、ビニール製の雨合羽。おずおずと差し出した手はわずかに震えている。

宇田川は黙ってそれを受け取り、丁寧に袖を通し、フードを深くかぶると、小型の懐中電灯を手にした。

暴風に押さえつけられた玄関扉を、典彦と榊原が、力を合わせ押し開く。

その刹那、怒号のような風が吹き込み、横殴りの雨がヴェスティビュールの床を濡らす。燭台の炎が、大きく揺れた。

宇田川は、何も言わずにその嵐のなかへと踏み出す。
手にした灯りだけを頼りに、雨の帳の中へ。

やがて、その背は闇に呑まれた。
瞬く間に館内は重い沈黙に包まれた。雷鳴だけがなおも遠くで響いている。

「……大丈夫か、あんな中で」
荻原貴司が他人事のような声色で呟いたその言葉が、耳に残る。

一同は、言葉少なにグランドホールを後にした。
それぞれが歩きながら、彼の無事を願っていた。

再び戻ったリビングルームでは、皆が思い思いに椅子に腰を下ろした。

美緒と志桜里、榊原は、再び左手の円卓に。
山路は相変わらず暖炉の前の長椅子に陣取り、腕を組んで黙り込む。
中央の円卓は俺と典彦、そして間宮が席を埋めた。

窓際の円卓には荻原と羽賀が座ったが、背中合わせに近い形になるほど、見事に逆方向なそれぞれの足の向きが二人の距離感を表している。

女性2人は鞄を膝に乗せていた。俺と弟、間宮は自身の椅子の下に鞄を収めたが、他の男性陣は椅子の横に無造作に置いていた。なかには、開口部が半ば開いたまま床に置かれた鞄もあったが持ち主は気にもしていない様子だった。

彼らを眺めながら、荒れ狂う風の音の囁きに耳を澄ませていた。外はすでに漆黒に沈んでいる。さらに雨脚が強まり、硝子窓を叩き、風が壮烈に唸っていた。

やがて、傍らの扉を眺めながら美緒がぽつりと呟いた。
「……こんな中、大丈夫なのかしら……」

 


孤絶の館


宇田川が戻ってきたのは数分後。ずぶ濡れで肩を落とし、疲労と焦りを滲ませながら館へ入った。靴の水が廊下に染み、濡れた髪が額に張り付く。

誰も声をかけず、報告を待った。

「南側の坂道が崩落していました。ガレージの道も土砂で塞がれています」

一拍置いて、彼は被害状況を詳細に伝えるべく言葉を継ぐ。

「……崖沿いの道が、地面ごとごっそり落ちていたんです。雨で地盤が緩んで、ぬかるみも酷い。倒木もあって、車も徒歩も無理です。……踏み込めば、そのまま谷底です」

室内に凍ったような静寂が満ちた。

午後七時三十分。亡骸の発見から丁度、一時間。
嵐はなおも激しさを増し、夜の闇と混ざり合って館を包んでいる。

リビングルームに並べられた数本の燭台の灯り。雫のような硝子を纏った流麗な天井灯が、燭台の灯りを受けて、仄かに光を落とす。リビングルームには重い沈黙が漂っていた。

「……警察も救助も呼べない、来られない。自力脱出は無理。俺たちは今夜、〝完全に閉じ込められた〟」
口を噤む一同に向かい、典彦が真っ暗な硝子窓の外を睨むようにしながら呟いた。

全員の胸に、〝異常事態〟という現実が、ひたひたと染み込んでゆく。
「なんで、こんなことに」
呻くような荻原貴司のその言葉に、誰も答えられなかった。

嵐が、すべての音をかき消すように硝子窓を叩き続ける。全員がようやく理解した。いま、外への道は完全に断たれたのだ。

薄闇の窓辺で、雨粒が走る硝子窓を見つめる。
硝子窓は黒い鏡のように外の闇を映していた。
嵐が、外界とのすべての接点を断ち切った。

完璧なクローズド・サークルが成立したのだ。

だが、この一夜限りの幽閉が、彼らを待ち受ける〝始まり〟にすぎないことは、まだ誰も知らない。

密室の連鎖と疑念の芽生え。
この閉ざされた静謐の館で、これから幾つもの〝真実〟が明るみに出るだろう。

一人リビングルームを出て、暗闇のグランドホールへと足を向けた。

壁を囲む群青色の絹張りが僅かな光源に照らされ、まるで深海のようだと思った。
雨は降り続いている。鍵のかかった扉が隠したのは、亡骸だけではない。理由もまた沈黙した。

声を失えば、心はより雄弁になる……
ただしそれは、聞く者がいればの話。
この館では、その声は誰にも届かず、ただ時のなかに沈んでいた。




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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。