最近のSNSにおける児童精神科医アカウントの自制の利かなさの話
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社会福祉士、精神保健福祉士として記事を書いています
最近のSNSにおける
「児童精神科医の書き込み」
目に余るものがあります
調べればわかるまだよくわかっていないことを堂々と言い切ってしまったり
過激なことをエピソードを書いて反響を得ようとしたり
特に最近気になるのは
「SNSで保護者のことについてモンスターペアレントなど平気で書き込む行為」
正直辞めてほしいんですけどね
それは「なんの目的」と「どういう展望」があってやっていることなのか説明してほしい
私の認識ではそれは治療でもなければ支援でもない「風評の流布」以外の何物でもない
少なくともXのような未成熟な福祉観や支援観、子どもや保護者へのヘイトが集まる場で児童精神科医がその権威性をもってそこに触れるのは
「悪意を持った人間の行動を増長させる一助」
になっています
「親も発達障害があるよね」
「神経が分からない」
そんなリプライが飛び交わせる状態を作り出すのは、確実に治療や支援の歩みを阻害させる動きです
そもそも児童精神科医はその業務の性質上「患者さん」とは
パターナリズム(強い立場の者が、弱い立場の者の“利益のため”として、本人の意思にかかわらず介入・干渉すること)の関係ができやすいものです
その権威性の上で「モンペが~」という話をするのであれば、文脈を読めない及び悪意を持つ人間が「正しい情報」として受け取りかねません
「反論できない保護者」を一方的に語って殴りつける行為になります
それは医師として医療倫理に即したものでしょうか?
こういった話をした際によく
「倫理を盾に殴りつける行為をあなたもしている」
という反論をもらうときがあるのですが、倫理やそれを重要視する法律は
「社会的地位が弱って待っている誰かに無意識の加害を行わないため」
という目的やそのために効果を発揮することが求められます
倫理や法律が盾として使われるのを嘆く人は、大抵矛で殴りつけている自覚がないのです
医療・教育・保育・支援といった対人支援の仕事は、どれも「信頼」を土台にして成り立っています
患者さんが医師に体の悩みを打ち明けるのも、子どもが先生を慕うのも、利用者が支援者に弱みを見せられるのも、すべてはそこに「信頼関係」があるからです
職業倫理とはその信頼を守るための「約束事」でもあります
法律とは少し違い、「やってはいけないこと」だけでなく「どうあるべきか」という姿勢や価値観にまで踏み込んでいるのです
SNSで専門性を発信する以上、少しははみ出してしまうこともあるのは分かります
しかし 自分達の分析が、経験が、知りえた情報が… 立場上知り得たものを「専門性という権威」をまとわせて発信することの危険性は大いに把握しなくてはなりません
ネット、SNSは情報を正しく使用する人間ばかりではありません むしろ、自分の都合の良いように情報を解釈、曲解して間違った情報に作り替えて再発信する人間の方が極めて多いのです
専門職が言ったのであればその言葉に乗った「重み」「箔」までも利用されかねません
専門性は知識や経験は「包丁」みたいなものです
料理人を志す人に健全に譲渡されるならいいんですよ
使い方が分からない赤ちゃんや、誰かを傷つけたいと思っている人間に渡すならどうでしょう…
何が起こるか容易に想像がつくのではないでしょうか?
「これを投稿したとき関わっている人が見たらどう感じるか」
という視点は常に大事にしなければなりません SNSというのはそういう場所です
