ラジオの音と看護師になったわたしの記憶

はじめて「ラジオ」というものを意識したのは、やっぱりラジオ体操でした。
あまりにも安直な答えでしょうか。
夏休みの朝。まだ眠くてたまらないのに、「スタンプカードをいっぱいにしたい」という一心だけでベッドを抜け出す。
朝6時半、少し薄暗い集合場所に集まる子どもたち。
首からスタンプカードをぶら下げ、友達と「おはよう」と挨拶を交わすと、ふっと眠気が吹き飛んでいく。
めんどくさいと思いながらも、眩しい一瞬として通り過ぎていった、あの夏の時間。
次にラジオを思い出すのは、新人看護師だった頃の「夜勤に向かう車の中」です。
当時は3交代制で、深夜勤の出勤時間は夜の23時半。
終電ギリギリの時間帯でしたが、「心配だから」と母が毎回、私を車で病院まで送ってくれていました。
夜中に起きて、往復30分の道を運転してくれる母。
その助手席で流れていたのが、FM YOKOHAMAの『Midnight Harbor』でした。
静かな夜の車内に響くラジオの音と、母の優しさ。
あの背中は、今でも鮮明に思い出せます。
そしてもうひとつ、忘れられない
「患者さんからのラジオ」があります。
状態が不安定だった時期から、元気になって一般病棟へ移るまでの2週間、私が担当していた患者さん。
辛い治療の中だったけれど、患者さんの好きなことや退院したらしたいこと、そしてたわいもない世間話で一緒に笑い合った時間を覚えています。
私にとっては「看護」として向き合っていた毎日でした。
けれど、その人にとっては「心の支え」になっていたのだと知ることになります。
歩けるようになった患者さんが、私の元へお礼を言いに来てくれました。
「ラジオに、あなたのことを投稿したんです」
自分のことがラジオで読まれるなんて、はじめての体験で少し恥ずかしかったけれど、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
あれから月日が流れた、現在。
私は今、高齢者向けの施設で働いています。
目の前で笑顔を見せる利用者さんたちに向けて、お手本を見せながら、今日もあの音楽に合わせて体を動かしています。
「ラジオ体操第一!」
私の人生のふとした瞬間には、いつもラジオの音が寄り添っていました。

