convince の名詞形はなぜ convinction ではないのか――ラテン語動詞についてのメモ
はじめに。この記事は、ラテン語の動詞についてぼくがここ最近でようやく理解してきたことをまとめたものです。分かりにくい点、説明が不十分な点があること、そしていつになく長い記事になってしまったことをご了承ください。
と前置きした上で、今回は、英語の動詞 con-vi-n-c-e(「確信させる」)に対応する名詞が、なぜ con-vi-n-c-tion ではなく con-vic-tion なのか、という疑問を題材にして、ラテン語の動詞の仕組みの基本的なところを紹介しようと思います。
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ちなみに、英語の先生や母語話者にこの質問をぶつけたら、十中八九「そんなことはいいから丸暗記しろ」という答えが返ってくるのではないでしょうか。ぼくも、いま英語を身につけなければならない立場の方は、こういう役に立たない疑問はあきらめて、覚えてしまうことをおすすめします。言語には不規則なところがたくさんあって、そこに無理して規則を見出そうとしても、時間がかかるばかりで、実用的な英語力につながるわけではないからです。
以下、暇と知的好奇心をもてあましている方のために、説明を試みます。
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まず、語源の載っている英語の辞書を見ると、英語の convince はラテン語の動詞 convincere から借用したもの、と書いてあります。ものによっては convincere ではなく convincō と書いてあるものもありますが、同じことです。-re で終わるのが不定法現在形(≒英文法でいう原形)で、-ō で終わるのが直説法現在1人称単数形です。ラテン語(やギリシャ語)では、動詞の基本形として直説法現在1人称単数形を挙げる慣習がありますが、Oxford English Dictionary などに倣って、ぼくは不定法現在形で挙げることにします。
ラテン語の動詞には複雑な活用の体系があり、100を超える活用形があります(convincere の活用形の一覧はこちらで見ることができます)。以下 convincere というときは、convincere という不定法現在形を指すのではなく、これらの活用形すべてを含む単語を指すものとします。(「英語の動詞 convince」というときに、しばしば convinces, convinced, convincing などの形を含んでいるのと同じことです。)
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一方の英語の conviction は、ラテン語の名詞 convictiō から借用したものです。ここでも、convictiō というのは単数主格形ですが、この形だけを指しているのではなく、こちらで見られる12の変化形すべてを含む単語を指しています。例えば直接目的語に使うときは単数対格の convictiōnem を、間接目的語に使うときは単数与格の convictiōnī を使う、というわけです。
これらの形はすべて、語幹 convictiōn- に変化語尾がついてできています。最初に出てきた単数主格形 convictiō(ならびにそれと同じ形をした単数呼格形)だけが例外のように見えますが、これはインド・ヨーロッパ祖語において語末の *-ns が消えてしまうという音変化によるもので、もとは語幹に単数主格を表す変化語尾 -s がついたものと捉えることができます。(もっとも convictiō 自体をインド・ヨーロッパ祖語に遡って再建できるというわけではなくて、これ自体は類推によるものでしょう。)
英語の conviction は、単数主格形の convictiō ではなく、すべての活用形のもとになっている語幹 convictiōn- の形で借用した、と見ればひとまずよいでしょう。そして繰り返しになりますが、人々が convictiō というとき、大抵の場合は単数主格だけを指しているわけではないので、英語の conviction がラテン語の convictiō から来ていると言っても噓ではないわけです。
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さて、ラテン語の辞書を見ると、convictiō は convincere に接尾辞 -tiō をつけたもの、と書いてあります。ここまで来ても、con-vi-n-c-ere の -n- がどこに消えたか、という疑問はまったく解消しません。
ラテン語の動詞の仕組みについてもう少し見てみましょう。動詞 convincere に100以上の活用形があると書きましたが、これらはすべて、3つある語幹のどれかが基準となっています。
3つの語幹は、それぞれ現在幹・完了幹・完了分詞幹といいます。ラテン語の辞書で動詞を引くと、だいたい convincō, convincere, convīcī, convictum のように4つの語形が載っていて、ここから3つの語幹を導き出すことができます。
現在幹は、1つ目の直説法現在1人称単数形と、2つ目の不定法現在形から分かります。大抵の場合、不定法現在形から -re を落とすと現在幹になります。(ただし、不定法現在形が -ere で終わり、直説法現在1人称単数形が -iō で終わる場合は、不定法現在形の -ere を -i に変えたものが現在幹です。)convincere は、直説法現在1人称単数形が convincō と -iō で終わらないので、convince- が現在幹です。現在幹は、未完了過去や未来時制にも使われます。
完了幹は、辞書に載っている3つ目の語形である直説法完了1人称単数形から -ī を取り除くと得られます。convincere の場合は、直説法完了1人称単数形 convīcī から -ī を取り除くので、convīc- が完了幹です。
最後の完了分詞幹(目的分詞幹ともいいます)は、辞書に載っている4つ目の語形である目的分詞Ⅰから -um を取り除くと得られます。convincere の場合は、直説法完了1人称単数形 convictum から -um を取り除くので、convict- が完了幹です。(ちなみに完了分詞幹は、その名の通り完了分詞 convictus にも使われます。英語の過去分詞と同じような働きをするものです。)
ここまで見て、convincere の3つの語幹――現在幹 convince-、完了幹 convīc-、完了分詞幹 convict-――のうち、現在幹だけに、問題の -n- がついていることが分かりました。英語の convince はこの現在幹に由来するものといえるでしょう。英語の conviction のもとになったラテン語の convictiō は、完了分詞幹 convict- によるように見えます。実際にそう説明されることもありますし、筆がすべって(とぼくは理解しているのですが)完了分詞 convictus から名詞 convictiō が派生した、というような説明もしばしば見かけますが、そう結論づけるのはもうちょっと待っておきましょう。
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動詞の語幹が3種類あることが分かりましたが、名詞の語幹が1つしかないように、動詞に関しても、3つすべての語幹がそれに由来するような1つの語幹があればいいのに、と思いますよね。最近の文献ではあまり真正面から取り扱っているものを見かけないのですが、「動詞幹」という概念がこれにあたります。(ここで動詞幹ではなく語根と言ってしまうことが間々あるのですが、語根は一般にそれ以上分割できないものを指すので、convincere のような派生語の場合、語根は vic- となり、ちょっと話が変わってきてしまいます。)
convincere の動詞幹 convic- を中心に、3つの語幹を見てみましょう。現在幹 convince- は、動詞幹に、現在を表す接中辞 -n- と幹母音 -e- を加えた形、完了幹 convīc- は、動詞幹の母音を伸ばした形、完了分詞幹 convict- は、動詞幹に -t- を加えた形、ということができます。
さらに、派生語も多くの場合この動詞幹から作られます。convictiō が、動詞 convincere に接尾辞 -tiō がついたもの、といっていたのは、実際には convincere の動詞幹 convic- に接尾辞 -tiō がついた、ということだったのです。
というわけで、はじめの疑問にようやく答えることができます。convincere から convictiō ができるときに -n- が取れたわけではなく、-n- はもともと動詞幹にはなくて、現在幹を作るときに新たについたのです。
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英語の語源をたどるには、ここまでで十二分かと思いますが、この説明は、ラテン語だけを見た都合のいい解釈という面があって、比較言語学的に必ずしも正確なものではないようです。最後に、現在の研究ではどう説明しているかをご紹介します。
ラテン語や英語やヒンディー語など様々な言語の祖先として再建されるインド・ヨーロッパ祖語に遡りたいのですが、ラテン語の convincere という単語がインド・ヨーロッパ祖語まで遡れるか定かでないので、con- を取って vincere(「勝つ」)について見ていきます。現在幹 vince-、完了幹 vīc-、完了分詞幹 vict-、そして動詞幹 vic- という形は、convincere と全く同じです。
この元になったインド・ヨーロッパ祖語の語根が *weyk- とされています。一見 vic- と全く一致しないようですが、古典ラテン語の v は /w/、c は /k/ と発音されたので、同じようなものではあります。
そしてここでまたもや気をつけないといけないのですが、インド・ヨーロッパ祖語には母音交替というものがあって、同じ語根や接辞でも、母音が e になったり o になったり、はたまた母音がなくなったりします。語根 *weyk- というのは、実際には e 階梯の *weyk-、 o 階梯の *woyk-、ゼロ階梯の *wik-(子音の *y は、こうして母音の *i になることがあります)という形を取るものであり、代表して e 階梯の *weyk- を挙げているだけなのです。
ラテン語の現在幹 vince- の元になっているのは、インド・ヨーロッパ祖語の現在幹 *wi-né-k/wi-n-k- です。語根のゼロ階梯 *wik- に、現在を表す接中辞 -n/né- がついています。ご覧の通りこの接中辞にもでは母音交替があったのですが、ラテン語ではゼロ階梯の *wi-n-k- に、もともとなかった幹母音 -e/o- がついた形になりました。
ラテン語の完了幹 vīc- の元になっているのは、インド・ヨーロッパ祖語のアオリスト幹 *wéyk/wik- です。二重母音 *ey が長母音 ī に変化して vīc- になりました。とすると、上に書いた、ラテン語の動詞幹 vic- の母音が伸びて完了幹 vīc- ができた、という説明は、ここだけ見れば単なる偶然ということになります。(ちなみにこの完了幹 vīc- は、ユリウス・カエサルの有名な言葉 Vēnī, vīdī, vīcī(「来た、見た、勝った」)で使われています。この1語目の vēnī(動詞幹 ven-、完了幹 vēn-)のように、母音が長くなったと説明するしかない例もあります。)
ラテン語の完了分詞幹 vict- は、インド・ヨーロッパ祖語では語根 *weyk/wik- に、*t で始まる *-to-, *-tu- などの接尾辞がついたものが、便宜上まとめられているに過ぎません。ここでも語根は、次につく接尾辞によって、e 階梯の *weyk- だったりゼロ階梯の *wik- だったりしたようですが、ゼロ階梯の形が生き残りました。
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ここまで、門外漢なりに言語学的にできるだけ正確な記述を心がけてきました。しかし、ぼくがこうしたことに関心を持った動機は、英語(や他の現代語)を学ぶ際にもっと納得感を持てないかということでした。英語の convince, conviction, victory を覚えようとする人にとって、噓にならない範囲内でちょうどいい語源の説明の仕方を探りたくて、この記事を書き始めました。
英語の「語根」として、vic, vinc, vict などと併記されているものをよく見かけますが、これらの形がどうしてできたか、それぞれどういう意味があるのかは説明してくれないことがほとんどです。上で行ったように、ラテン語の語根 vic- やラテン語の動詞幹 convic- を中心に据えて説明するのが、この例に関していえば最適に思えます。
さらにインド・ヨーロッパ祖語の *weyk- にまで遡ることはできますが、これは学習者にとって特に記憶の取っかかりにはならないでしょう。ですから、今回はラテン語までにとどめておけばよかったと思いましたが、インド・ヨーロッパ祖語の同じ語根から複数の語派経由で英語に入ってきている場合など、面白い話が出てくることもあるので、いずれにしても一度調べてみる必要はありそうです。
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ここまで読んでくださっている方がいらっしゃるかどうか分かりませんが、ラテン語の動詞やその派生語に由来する単語たちも、なんとか説明することができそうということが分かったメモでした。
もしぼくが飽きなければ、引き続きさまざまな単語についての記事を書いていきたいと思います。
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最後まで読んでくださった方のために、ぼくが参考にしている資料を紹介しておきます。気軽にお薦めできるものではありませんが、一般に出回っている「語源」の情報に飽き足らない方は、ぜひ覗いてみてください。
英単語の語源については、寺澤芳雄『英語語源辞典』 (1997)、Oxford English Dictionary(今なら年90ポンドです)などに詳しいです。無料の情報では、英語版 Wiktionary が思いのほか充実しています。ラテン語の最新の語源辞典 Michiel de Vaan, Etymological Dictionary of Latin and the Other Italic Languages (2008)(評価は分かれているようですが)もオンラインで読むことができます。これらの辞典は、この記事で説明したような前提知識がないと何を言っているか分からないことも多いですが、知っている単語同士がつながっていることを知るだけでも面白いものです。
日本語で読めるラテン語の入門書には、河島思朗『基本から学ぶラテン語』 (2016)、山下太郎『しっかり学ぶ初級ラテン語』 (2013) などがありますが、これらは(当たり前ですが)ラテン語の文章を読めるようになることを目指したもので、この記事で取り上げたような素朴な疑問にはあまり答えてくれないでしょう。
比較言語学をふまえたラテン語の文法書には、古くは Alois Vaníček, Lateinische Schulgrammatik. 1. Theil: Formenlehre (1856), James B. Greenough et al., Allen and Greenough's New Latin Grammar (1903)、最近のものでは Manu Leumann et al., Lateinische Grammatik. 1. Bd.: Lateinische Laut- und Formenlehre (1977) Andrew L Sihler, New Comparative Grammar of Greek and Latin (1995) などがあります。これらの本は、一読して理解できるものではありませんし、通読するような性質のものでもありませんが、少しずつ読めば読むほどいろいろな疑問が解消されていきます。
インド・ヨーロッパ祖語やインド・ヨーロッパ語族の言語については、たくさんの本がありますが、分かりやすくまとまっているものとして Benjamin W. Fortson IV, Indo-European Language and Culture (2009)、議論が分かれている点を中心に取り上げている本として James Clackson, Indo-European Linguistics (2007) を紹介しておきます。インド・ヨーロッパ祖語の動詞語根を集めた辞典に Helmut Rix et al., Lexikon der indogermanischen Verben (2001) があります。
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訳詩目録
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