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記憶の座標 | 境界に立つということ

ニイハウ島
という島がある。

地図の上では小さな点。
けれど、そこには人が住み
同時に沈黙も住んでいる。

外から見ると
「閉ざされた場所」に映る。

けれど、内側では

閉じているのではなく
保たれている。


境界とは何だろう。

線ではないし、
区切りでもない。

それは

異なるもの同士が、触れ合いながら崩れないための余白。

世界は今
すべてを混ぜようとしている。

速く
広く
均一に。

けれどその流れの中で

あえて保たれている場所がある。

ニイハウはそのひとつ。

血が濃くなるのではないか
閉じすぎてしまうのではないか

そんな視点もまた
この世界のひとつの見方。

でも、もうひとつの層では

そこは

記憶の純度を保つための器


境界に立つとき
人は選ばされる。

どちら側に行くか、ではなく

どこまでを通し、どこからを守るか


わたしは気づいたんです。

境界にいるとき
わたしはどこにも属さない。

でも同時に
すべてとつながっている。



旅をして
動物と触れ
土地を渡る中で

わたしは何度もこの場所に立っていた。

名前のない場所。
でも確かに在る場所。


境界は、特別な人のものじゃない。

ただ

そこに立つことを
思い出した人が気づくだけ。


ニイハウは語らない。

ただ在ることで
静かに示している。


守ることと、交わることは
対立ではなく、同時に起きている。


もしあなたが今
どこにも属していないように感じているなら

それは迷子ではなく


境界に立っているということ。

#記憶の座標

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