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静かな窓





静かな窓が、わたしを呼んでいる。




旅をしていると、そう思える瞬間が度々訪れます。飛行機の窓や列車の窓、滞在先の部屋の窓や街で見かけるいくつもの窓。どの窓にも、そこにはわたしがまだ知らない何かを秘めた世界が広がっていて、わたしのことを、呼んでいる気がするのです。










冬のヘルシンキを映す窓。特別なことは起こらないけれど、すべてが新鮮で、瑞瑞みずみずしい。ガラスの窓には、時折、外を眺めるこちらの姿が反射して映り込み、風景が迎えてくれているような錯覚を覚えます。はやさの中で風景は走馬灯のように過ぎ去ってしまいますが、その一瞬一瞬は、コンサートホールの音の響きのように長く記憶のなかで持続しています。






窓という概念について視点を深めていくと、窓が「窓」として成立するための要素が見えてきます。

枠によって風景が切り取られていること。
(透明な)物質を介してこちらとあちらが隔てられていること。
あちら側に”わたし”自身は存在していないということ。


つまり、窓とはわたしが存在しているこちら側の世界とそうではないあちら側の世界を明確に定義する、透明な境界線と言えそうです。手を伸ばしても触れることができない、近くて遠いあちらの世界。にも関わらず、或いは、ゆえに、心が惹かれてしまうのはなぜでしょう。









歩道橋の2階にひらかれた窓。

0度に満たない空気のなか、人々は列車がやってくる方角をただ静かにじーっと見つめています。いったいどこへ、誰のもとへ。彼らの1日は、その直線の先へと続いています。




あたたかな光が溢れるレストランの窓。

どれほどの人が、いまこの場所でサラダを取り分けたりパスタをくるくると巻いているのでしょうか。パンナコッタかティラミスか、デザートの選択に頭を抱えている人もいるのかもしれません。






雪ふるヘルシンキの街。
雪の結晶が、天からやってきたようです。




北へ向かう列車の窓には、知らない場所の知らない風景が川のように流れていきます。ふるさとの風景に懐かしさを覚えるように、この風景も、やがて誰かにとっての特別な記憶へと変わっていくのでしょう。だれかの遠い未来へ想像を巡らすこの時間は尊く美しいものです。




凍った海の上で、煌々とかがやく光の館。音もなく過ぎ去っていくその姿を、小さな船の窓から眺めています。






すこし隠されていて、すこし明らかとなっている街の窓。ひとりひとりの生活のかけらはそこにしかない唯一無二の窓をつくり、連なり合う窓と窓は「街」という大きな詩的宇宙を描いています。









まだ見ぬ、いくつもの窓にまた出会いたい。


旅をふりかえっていると、そう思える瞬間が度々訪れます。飛行機の窓から眺めた北極の果てしない地平や、ヘルシンキ行きの列車の窓に流れる針葉樹林、部屋の窓に広がる一面の雪景色、街の窓に隠された誰かの日常。そういう、心惹かれる窓たちが、この世界にはまだたくさんあるのでしょう。




窓は、いつも静かにわたしたちのことを呼んでいます。


あるいは、待っているのかもしれません。






lumikka

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