メガネの話じゃなかった。子どもが覚えていた「どうせ無理」
次男の視力が、思っていた以上に悪くなっていたことを知ったのは、彼が高校二年生のときだった。
中学・高校とテニス部だったのに、ボールの回転がまったく見えてなくて、毎回反射だけで反応していたらしい。
そのときの視力は、0.1もなくて、多分0.07くらいだったと思う。
そこまで悪いと思っていなかったので、慌ててメガネを作りに行った。
でも、そこに至るまでの私は、子ども達が幼かった頃からずっとこう言い続けていた。
「目が悪くなっても、絶対メガネは作らないからね。気をつけなよ」
彼らの眼を守るつもりで言っていた言葉だった。
けれど今思えば、それは子どもにとって「言っても無駄」を覚える合図だったのかもしれない。
後から聞いて知ったのだけれど、小学生の頃から保健室でもらう視力再検査の紙は、毎回見せずに捨てていたそうだ。
視力が落ちたと言ったら、私にこっぴどく叱られると思っていたらしい。
私は子ども達に「黒板は見えてるの?」と折に触れて聞いてはいた。
長男・長女は次男ほどは悪くなく、見え方に問題なかったし、次男も同じように「別に問題ない」と言ていて、特に成績も悪くなかった。
だから、そこまで見えていないとは想像していなかった。
今思えば、ここでも「言っても無駄」と「怒られるかもしれない」、そして「自分だけそんなに悪いなんて言えない」が絡まりあっていたのだと思う。
私自身、小さい頃からメガネを作るたびに視力が落ちていく感覚をずっと持っていた。
それは「メガネを作れば安心」ではなく、「作ったらもう戻れない」という感覚。
その不安が、知らず知らず子どもにも伝わっていたのかもしれないと思う。
そして、この話がきっかけで、つい先日長男からこんなことを言われた。
メガネの件だけじゃなく、これまでにも訴えたのに採用されなかったことが日常的にいくつもあって、その積み重ねがあったから「どうせ言っても無理」と思うようになっていた、と。
「あなたは、自分が頑なだったっていう認識は持ってもらいたい」
出来事そのものより、積み重ねの方がずっと大きかったのだと、そのとき初めて腑に落ちた。
思えば、私は小さい頃から何かを言うとまず頭ごなしに否定される環境で育ってきた。
「なにやってるの!」
「無理に決まってるでしょ」
「そんなことしてどうするの」
そんな言葉は、実家の中では単なる常套句だった。
だから、守るつもりで、身についた癖がそのまま親になった私の関わり方になっていたのだと思う。
今、一番下の子には同じことをしないようにと、極力意識はしている。
けれど、上の子たちが積み重ねてきた体験は消えない。
変わる努力をしていても、過去がなかったことにはならない。
それを現在も身をもって体験している最中だ。
メガネの話だと思っていた出来事は、本当は「言っても無理」を覚えさせていた話だった。
子育ては、出来事よりも、その時その時の積み重ねでできているのだと、今は思っている。
