手に入れるほど、失うものがある。
昔の私は、「お金はあればあるほどいい」と思っていた。
でも、ある程度豊かな生活を経験してから、ふと考えるようになった。
「もし年収が10億円あったとして、その先の人生はどれくらい変わるんだろう?」
もちろん、年収300万円と3,000万円では、選択肢も安心感も大きく変わると思う。
でも、3,000万円と10億円では、人によって違いはあるだろうけれど、
日常の幸福度が劇的に変わるとは限らない気がする。
例えば、もし10億円以上のお金を稼げる自分だったとして、
別荘や車をたくさん所有したとする。
お金が増えれば、税金や資産管理の責任が増えるし、
大きな家を持てば、固定資産税や、維持費、管理の手間が増える。
大企業の社長になれば、多くの従業員やその家族を守る責任が生まれるし、有名になれば、応援してくれる人が増える一方で、批判を受ける機会も増える。
何かを大きく得るということは、それだけ所有する手間やお金、時間
そして他者の人生の責任など、背負うものも大きくなる。
しかも、自分単体の人生で考えれば、家も、車も、ブランドバッグも、
最終的には売るか、誰かに譲るか、壊れるか、自分が先にこの世を去るか、そのどれかになる。
お金も同じで、一生墓場まで持っていくことはできない。
そう考えると、「自分のもの」と思っているものも、人生という長い時間の中では、一時的に預かっているだけなのかもしれない。
例えば昔の贅沢は、
・家は持つもの
・車は持つもの
・別荘は成功者の証
だったけれど、
今は、
・必要な時にカーシェアを利用する
・旅行先ではAirbnbやホテルに泊まる
・サブスクやレンタルを活用する
という選択肢も増えている。
もちろん、何かを所有することには、その瞬間にしか味わえない喜びや、憧れが叶ったときの満足感がある。
でも、どんなに大切にしていても、いつかは手放す日が来る。
そう考えると、「どれだけ所有しているか」よりも、
「必要な時に自由に選べること」の方がこれからの時代の豊かさの形に
あってるのかもしれない。
自分にとって本当に必要なものを必要な時に選べる自由があること。
最近は、そんな時代に、少しずつ変わってきているのかもしれない。
