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私的と詩的のあいだで、心の音を聴く


人には、誰にも見せない「私的」がある。

言葉にならない疲れとか、
理由のない寂しさとか、
誰かに説明するほどでもない、
小さな揺らぎ。

日常は案外忙しくて、
心の音はすぐ生活音に埋もれてしまう。

だから私は、ときどき空を見る。

それは前向きになるためでも、
自分を励ますためでもない。

ただ、少し静かになるため。

不思議なことに、
心は説明されるより、
風景に触れた時のほうが
素直な声を出すことがある。

詩的なものが好きなのは、
綺麗な言葉に憧れているからではない。

詩には、答えを急がない優しさがある。

曖昧なまま置いておける感情。
白黒つけなくてもいい痛み。
「わからない」を許してくれる余白。

それは、とても私的な救い方だと思う。

大人になると、
感情にも理由や整合性を求められる。

でも本当は、
心の音には説明のつかないものが多い。

少し遠い記憶に反応したり、
夕方の光だけで泣きそうになったり。

そういうものを、
私は無理に分析しない。

ただ、聴いてみる。

自分の内側で、かすかに鳴っている音を。

私的な感情を、
少しだけ詩的な言葉に置き換えること。

それは逃避ではなく、
自分を見失わないための、小さな翻訳なのかもしれない。

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