卵ひとつで返した、静かな「ありがとう」

🥚小さな贈り物の話

BARのママのお母さんに、
卵を持って行った。

大げさな理由があったわけじゃない。
ただ、ふと「そうしよう」と思っただけだ。

そのBARに行くと、
いつも最初に“付き出し”が出てくる。

お酒を頼むより先に、
何気なく出される一皿。
でもそれが、いつも本当に美味しい。

派手さはない。
見た目も、どこか懐かしい家庭の味。
でも、一口食べると不思議と落ち着く。

実はその付き出し、
BARのママさんのお母さんが作ってくれていると聞いた。

厨房に立つわけでもなく、
表に出るわけでもない。
ただ、娘の店のために、
黙って、毎回、作っている。

その話を聞いたとき、
なんだか胸の奥が少し温かくなった。

きっと、お母さんは
「ありがとう」と言われるために
作っているわけじゃない。

娘の仕事を、
娘の居場所を、
静かに支えているだけなんだと思う。

だからこそ、
たまには、
いい思いをしてほしいなと思った。

高価なものじゃなくていい。
でも、ちゃんと“美味しい”と思えるもの。

そう考えて、
少しだけいい卵を選んだ。


手渡すと、
お母さんは少し驚いた顔をして、
それから、ぱっと笑った。


「まあ、こんなええもん…」



その笑顔が、
本当に嬉しそうで、
なんだかこちらの方が
胸いっぱいになってしまった。


たった卵ひとつ。
それだけの話なのに。

でも、人が喜ぶ姿を見ると、
それだけで一日が報われた気がする。

誰かのために作られた付き出し。
その背景にある、
見えない優しさ。

それに気づけたこと、
それを少しだけ返せたこと。

今日の酒は、
いつもより
少しだけ、
やさしい味がした。

いいなと思ったら応援しよう!