田舎VS都会 田舎は果たして「悪」なのか? 漫画『ノイズ【noise】』で語ってみる
田舎は排他的、田舎は閉鎖的、田舎は人間関係がイヤなど、田舎をキーワードに調べると、異様なほど田舎の評判を落とすような言葉が大量に出てくる。
その一方で、田舎は落ち着く、田舎でスローライフしたいという田舎を擁護する意見や、都会は人間が冷たい、生活費が高くなるという言葉もでてくる。
果たして、田舎と都会、どちらがいいのか?まあ、個人個人によるだろうが、田舎出身の筆者としては、田舎を擁護したい気持ちはある。
とはいえ、利便性で言えば、残念ながら田舎は都会には敵わない。
それでは、田舎は果たして悪所とすべき場所なのか?もちろん、そんな単純な問題ではない。そのことについて、この漫画『ノイズ【noise】』で解説してみよう。
ストーリー
愛知県にある田舎町「猪狩町(ししかりちょう)」には、黒イチジクを栽培する農園「イズミ農園」がある。
この黒イチジクが話題となって、イズミ農園の代表である泉圭太は、町の有力者となっていた。
そんな泉の前に、一人の男が現れた。彼の名は「鈴木睦雄」。一見人当たりがよさそうな男に見えるが、無人販売のイチジクを、お金も入れずに勝手に食い荒らしたり、料金箱をのぞき込むなど、不審な行動の目立つ男だった。

突如現れた不審な男に対して困惑気味の泉に、鈴木は、イズミ農園で働きたいと申し出てきた。泉は、鈴木に一旦返答を待ってもらうと、幼馴染で猟師をしている田辺純に相談を持ち掛けた。
田辺は、ネットで調べると、鈴木睦雄の正体が、18年前に女子大生にストーカーをして殺したために、逮捕された小御坂(こみさか)睦雄だと知る。
一方、泉は、鈴木に農園で働いてもらうの断ると、赴任したばかりの巡査、守屋に、鈴木睦雄のことで、相談をしていた。すると、田辺が、大急ぎで泉と守屋の元にかけつけてきた。
鈴木が、農園で雇うのを断ったにも関わらず、いつまでも町に居るのに不審に思っていたら、農園に来ていた泉の元妻、加奈に目をつけていたのだ。
危機感を感じた泉は、田辺と守屋と同行してもらいながら、鈴木を呼び出して尋問することになった。
鈴木は、泉の質問にのらりくらりとかわしていたが、守屋から免許証を見せてくださいと言われて固まった。受刑者は、刑務所で免許証を再発行できるので、免許証に刑務所の住所が記載されているのだ。
進退窮まった鈴木は、泣き落としという戦術に出た。思わず狼狽した守屋は鈴木に駆け寄ろうとしたが、泉は、鈴木が胸ポケットからナイフを取り出そうとしたのを見て、とっさに組み付いた。
その間に、田辺は護身用に持っていた猟銃の台尻で、鈴木の手のひらを打ち据えて、ナイフを持てないようにし、泉は鈴木の首を絞めて動きを封じたが、守屋は狼狽えて、手錠をうまく取り出せないでいた。
守屋が、ようやく手錠をとりだせたとき、鈴木はすでに息絶えていた。
キャラクター
泉圭太
愛知県猪狩町でイズミ農園を経営している農夫。農園で作った黒イチジクが好評で、町では有力者となっている。猟師の田辺や妻の加奈とは高校時代からの付き合い。
加奈や娘とは別居中だが、娘の恵理那とは仲が良い。
田辺純
泉の幼馴染で、同じ農園で働いている。猟師でもあり、ショットガンを所持している。柔道を習っていたので体格が良い。
畠山努
愛知県警のベテラン刑事。優れた洞察力と観察力に裏打ちされた高い捜査能力の持ち主。
行方不明事件の捜査している時に、鈴木睦雄のことを知るようになる。
鈴木睦雄とは、ストーカ事件で関わっており、その際苦い思いをしている。
守屋真一郎
猪狩町に赴任したばかりの新米巡査。いささか頼りないが、実直で一本気な性格。
岡崎正
守屋の前に猪狩町の駐在所で勤務をしていた警察官。町民からの信頼が厚く、良き警察官はすべからく社会のかさぶたになるべしをモットーとしている。
青木重孝
愛知県警の刑事。元は組織犯罪対策部に所属していたため、尾行が上手い。畠山とコンビを組んで捜査している。
横田庄吉
猪狩町で、稲作農家を営んでいる老人。戦時中シベリアに抑留され、帰国した際、赤狩りの対象として、警察にマークされていたために、結婚も就職もできなくなったことから警察を恨んでいる。
庄司義明
町の助役。町長が痴呆気味であるため、事実上彼が町を取り仕切っている。
鈴木睦雄
猪狩町にやってきた謎の男。にこやかで人当たりがいいが、勝手に無人販売の果実を食い荒らしたり、若い女を監視するなど、得体の知れない一面を持っている。
その正体は、小御坂睦雄という男で、14年前に女子大生をストーカーした後、殺害したことで逮捕されたことがあった。
短絡的で、衝動的な反面、泣き落としや嘘を平気でつくなど、狡猾な一面も強く、泉からは「虫のような男」評されていた。
概要
本作は、全3巻という、かなり短い漫画だが、大変読み応えのある作品である。
内容的に近いのは、映画『ファニーゲーム』や『クリーピー』のような、悪意の塊のような人間が来訪して、周囲をかき乱していくという、サイコパス人間を主軸にしたサスペンスだが、本作がそれらの映画と違うのは、悪人役である鈴木睦雄が、序盤で主人公たちに殺されてしまうという点である。

そして、鈴木を殺してからは、主人公たちは一転して犯罪者側となり、今度は、彼らが警察に狙われるようになるというものだ。
ちなみに、本作は映画化もされたが、お世辞にも出来がいいとは言い難い。
作者は『マンホール』や『予告犯』のような、サスペンスタッチの作風を得意とする筒井哲也。
彼は『有害都市』という漫画で、表現の規制が厳しくなった日本を舞台にしたディストピア漫画なども描いており、社会性の強い作風が特徴である。
限界集落と化する村
作中でも、主人公、泉の妻である加奈が、猪狩町に住んでいる夫に不満を抱いて、娘を連れて名古屋に移り住んでいることからもわかるように、田舎から出て、都会に行ってしまうものは多い。
そのため、年々田舎に住む人が少なくなり、限界集落化している町が増えている。
人が住まなくなっている理由は様々だが、一番の理由は、働き口がないという所であろう。もともと村に住む人は、農家の人が多く、それも農地を継ぐ権利があるのは長男だけなので、次男などは都会に行って仕事を探すしかなかった。
しかし、戦後になると、工場などが建設されるようになり、農地を継ぐ者すら都会に出るようになってしまい、不便な田舎から、どんどん人がいなくなっていくようになる。
人がいなくなれば、企業も田舎へ店を出そうとは思わなくなるので、田舎はますます娯楽が無くなっていくようになる。
不毛な議論
都会と田舎、どちらがいいかという議論に対し、大抵勝つのは都会の方であるが、これは当然の結果である。
都会のほうが、仕事も娯楽もあるし、交通の便があるのも、圧倒的に都会の方である。
正確に言えば、都会と田舎を比べっこすること自体、そもそも、愚かな行為としか言いようがない。
資本力も人材も、都会と田舎では段違いなので、勝負にならないのだ。
だが、逆に言えば、人間は都会に住んでいるというだけで、自分が上位存在になったと思っているから、田舎を見下すような発言ばかりして、対立を煽っていることが一番の問題である。
要するに、たしなみの悪い都会の人間の言動が、こうした不毛な議論を生んでいるのだ。
田舎の整備が遅れる理由
本作の登場人物で、事件を捜査する刑事の青木が、猪狩町を訪れたとき「コンビニ一軒もないとか、人の住む所じゃねえ」「街灯のひとつもねえのかよ」など、軽口を叩いていた。
田舎に来た人は、大抵そう思うだろう。しかし、コンビニの設置も、街灯の設置も、都会にある本社や行政庁が決めることであって、田舎の人間が勝手に決めることはできない。
青木は軽い気持ちでそう言ったのかもしれないが、田舎に住む人間にとっては、筋違いも甚だしいことで文句を言われているから、たまったものではない。
また、三巻では、消火栓がさび付いていて動かないという場面がある。これも、交換したり点検するのは自治会だったりするが、費用が追い付かない場合、より大きな行政庁に援助を依頼するしかない。
しかし、限界集落に金を使いたくないのが、彼らの本音だろう。
言ってみれば、田舎は、都会の人の無関心と我儘に振り回されているものなのだ。
田舎対都会
本作の特徴を見てみると、ストーリーの構成が、犯人対主人公なのではなく、田舎(主人公)対都会(犯罪者、刑事)という形式になっているのがわかる。
筆者は、都会対田舎の議論をすると、どうしても田舎の方に感情移入してしまうが、もちろん、田舎がすべからく善良と言うわけではない。本作では、町の助役が、田舎側の悪人として登場するし、町の住人が、捜査に来た刑事たちに嫌がらせをする場面があるように、田舎は排他的な所がある。
田舎者にとって、都会から来た者は異邦者であり、何をするかわからない得体の知れない存在だからである。
都会の人間からすれば、この嫌がらせは、不本意極まりなく、事件の捜査に来た畠山の同僚の刑事である青木も、自分たちは犯罪者を捕まえにきたのに、非協力的なのは意味が分からないとこぼしている。
ところが、田舎から都会に来るものが、必ずしも善人とは限らない。
実際、本作の悪役キャラである鈴木睦雄も、都会から来た男である。そして、刑事といえども、都会から来た異邦者であるというのは同じである。
つまり、都会から田舎に来るものは、何か下心がある者が多いので、ある程度警戒しなければならないのだ。
これは、都会の人間関係だって同じである。都会は、多種多様な人間が多いから、すぐ隣近所に居る者が必ずしも善人とは限らない。そう言う人に関わり合うのが嫌で、近年は隣近所と人間関係が希薄になっている者が多い。
それだけでなく、同調圧力が嫌で、近年はマンションの自治会にも参加しない人が増えている。そのため、ゴミ出しや清掃などの仕事が、管理人だけでは追いつかず、滞っているようなところもあるのだ。
つまり、都会も田舎も、そこに住んでいる者が同じ人間である以上、似通った問題が発生しているのだ。
その観点から言えば、都会から来た刑事が、田舎町に対して、自分たちに非協力的であるとこぼしている様子は、あまりにも牧歌的としかいいようがない。
田舎への援助
都会の人間が田舎に対して、なにか協力したり、援助すると言うことはあまりなく、あっても利益になるときだけか、本作のように一大事件が起きたときだけである。
現に、都会が田舎に助成や補助を持ち出してくる場合、田舎に利益を見出していることが多い。
例えば、第2巻では、農林水産省からイズミ農園に、交付金が下りるというエピソードが出てくる。農林水産省では、町おこしに貢献した企業を表彰して交付金をだすという仕組みがあるからだ。
しかし、都会が田舎の事業に関心を示す時とは、大抵、自分らが特になることばかりである。そうでもなかったら、わざわざ都会から田舎に事業をするわけがない。人口の多い都会のほうが、圧倒的に商売になるからだ。
そして、都会の企業が田舎に進出する際は、必ず、自分たちの方に利益が来るように仕向けるのだ。それも、都会の方が圧倒的に強者であるために、田舎の人間には否も応もない。
力関係だけでなく、情報量も少ないので、どうしても、都会の人間にかなわないのだ。そして、田舎の人間が不利益を被ったら、必ず、不勉強か自己責任と言われるのである。そうだとしたら、田舎の人間は、自分たちを守るために排他的になるしかないのである。
本作で、イズミ農園に交付金の話を持ち込んだ、農林水産省の役人も、少々うさんくさい人物として描かれていた。
結果的に、交付金で小学校を建てたことから、この一件は、問題がなかったと思われるが、「有害都市」という社会派の漫画を描いた実績のある著者のことだから、もう少し連載が長引いていれば、この交付金にまつわるエピソードも描いていたかもしれない。
ストーカー事件
本作の刑事、畠山努は、過去に鈴木睦雄(正確には小御坂睦雄)と関わっていたことがある。鈴木がストーカーしていた女子大生から相談を受けて、鈴木に警告をしようとしたことがあった。しかし、鈴木は大騒ぎを起こして、通行人に自分が警察に不当に詰問されていることをアピールした後、ネットに書き込んだ。
ストーカーは立件が難しく、逮捕できても、軽犯罪に該当するので、また再犯してしまうという嫌な現実がある。
この一件が問題になったために、女子大生の警護の人員を減らされた挙句、警察を出し抜いた鈴木に女子大生は殺されてしまったのだ。
畠山は女子大生の遺族に詫びたが、不用意な発言が元で、怒らせてしまう。この一件に胸を痛めた畠山は、以来、被害者の痛みに寄り添うと誓った。
現実の世界でも、警察が、ストーカー被害にあっている人の言葉に耳を傾けようとしなかったばかりに、惨事が起きてしまう事件があった。2016年に起きた小金井ストーカー事件がそれである。
何だかんだで対処しようとしていた畠山は、現実の警察官よりマシなのかもしれないが、結果的には、犯人の狡猾さと、世間の目を気にした警察組織によって、動きが封じられてしまう。
畠山の問題点
この事件の問題は、被害者に寄り添うことだけではなく、警察が被害者ではなく、世間の声を優先してしまったと言う事である。
実際に起きた事件でも、警察は責任追及や世間の目を恐れて、大事にしようとしなかった節があり、後手後手になっているうちに、本当に大事となってしまったのだ。
一方、猪狩町の駐在である守屋と岡崎は、町を守るために、事件をなかったことにして、隠蔽しようとしてしまう。
岡崎の場合、守屋のように直接かかわったわけではないが、泉達の不審な行動を見ながら、余計な詮索をせずに、静観することに決めたのだ。
もちろん、許されないことである。それでは、田舎の土地で、一度ストーカーをしていた女性を殺し、今一度、何かをしようとするろくでなしを、どうやって防ぐのか?
町に居る警察官は、赴任して二日目の頼りない警察官である守屋一人(岡崎は、後から代役としてくる)。彼は、逮捕どころか喧嘩すらやったことの無さそうな男であり、むしろ、農作業と猟で鍛えている泉や田辺の方が、はるかに強そうである。
場合によっては、駐在が巡回に出かけていない場合もある。そうなったら、自分の身は自分で守るしかない。結局、泉達は自己防衛のために、鈴木を殺してしまったのだ。
防衛と法律
法的に泉達は罰せられるだろう、しかし、実際に起きた小金井ストーカー事件では、警察はガードマンじゃないから、被害者の自己責任と言い放つ者がいた(警察でもそう言っていたものがいた)。つまり、警察は事が起きるまで何もできないから、そうなるまで、自分の身は自分で守るしかないというのだ。
だが、日本の法律では、無闇に銃を持つことができない。そして、正当防衛で殺したとしても、それを証明するのは難しい。だから、基本的に荒事の処理は警察に任せるしかないのである。そのために、警察には一般人より権限を持っているのだ。
また、岡崎が泉達の犯行を黙認したことに、不満を持つ人も多いだろう。だが、畠山も、鈴木がストーカーをやっていた際、世間や組織の都合で動けず、鈴木のやった殺人を防ぐことができなかった。結果的には、畠山も岡崎と同じようなことをしているのだ。

岡崎は、一見警察官としての役目を果たしていないように見えるが、実際には、町の人の信頼を勝ち得るために多くの雑務をこなしていた。場合によっては、町の御用聞きもしていたのかもしれない。
畠山より、はるかに町の人に対して寄り添って生きてきたのだ。
町の人から見れば、土足で街に入り込む畠山達より、いつも、町のために何かをしてくれる岡崎の方がはるかに頼もしい存在と言える。
警察と市民
基本的に、警察が市民に寄り添うと言うことはない。特に、都会の警察官は、町の監視者という側面がある。その監視という役割は、時に、ある少数派の市民の人生を犠牲にすることがある。
猪狩町に住む老人、横田も、警察のために犠牲になったことがある。彼は、若いころ赤狩りの対象となったために、人生を台無しにされたのだ。そうした一面がある以上、警察は、市民にある一定の距離を保たなければならないのだ。
しかし、市民から何かしらの相談を受けたら、全力で寄り添わなければならない。つまり、市民とのつながりとなっている窓口を大事にしなければならないのだ。
警察官としての務めに忠実なのは、岡崎より畠山なのかもしれない。しかし、市民の窓口としての役目をしっかり果たしているのは、岡崎なのだ。
泉達がやったことを暴き立てても、町の人たちは誰も得をしないし、逆に、せっかく町の資源になっていた農場がめちゃくちゃになってしまうのだ。それは、結果的に鈴木によって、再び街を荒らされることを意味している。
すべてを明らかにするのが警察の仕事なら、それによってもたらされる町の被害はどうなるのか?
その回答が得られない以上、だれも泉達や岡崎のしたことを責めることはできない。
