頑固ではなかった私が、いま幸せでいられる理由。
私は、どうやら頑固ではないらしい。
自分でも、確かにそうだと思う。
「あれがダメなら、こっちがある」
「この道が違うなら、あっちの道を歩けばいい」
そんなふうに考えることが多い。
ひとつのことに強くこだわることも、あまりない。
どうしてもこれでなければ嫌だ、と思うことも少ない。
昔は、そんな自分を「意志が弱いのかな」と思ったこともあった。
でも、いまは少し違う。
これは、頑固ではないのではなく、柔らかく生きてきたということなのかもしれない。
鍼灸師として患者さんのお話を聞いていても、私は自分の考えを押しつけることがない。
私とはまったく違う考えを聞いても、
「そういう考え方もあるんだな」
と思って終わる。
無理に正そうとも思わない。
自分の答えに近づけようとも思わない。
なぜなら、その人にはその人が歩いてきた人生があるから。
同じ出来事でも、育った環境や経験によって、感じ方は違う。
何が正しいかではなく、その人がどう感じているか。
私は、それを大切にしたいと思っている。
ある患者さんから、こんなことを言われた。
「自分の考えを押しつけないところが好き」
その言葉を聞いたとき、少しうれしかった。
私は、患者さんに正しい答えを教えられる人ではない。
その人の人生を代わりに生きることもできない。
けれど、その人の話を否定せずに聞くことはできる。
「そう思ったんですね」
「それはつらかったですね」
「そういう考え方もありますよね」
そう言いながら、その人の気持ちの隣に座ることはできる。
鍼灸師の仕事は、身体を治療することだけではない。
人は、身体だけを治療院に連れてくるわけではないから。
痛みと一緒に、不安や迷い、家族のこと、仕事のこと、誰にも言えなかった気持ちまで抱えてやってくる。
だから私は、鍼を刺す前に、その人の話を聞く。
答えを出すためではない。
その人の中にあるものを、そのまま受け止めるために。
もしかしたら、頑固ではなかったことが、この仕事にはよかったのかもしれない。
そして、私自身の人生にもよかったのかもしれない。
思いどおりにならないことがあっても、
「あれがダメなら、あっちがある」
と思えた。
ひとつの道が閉じても、人生が終わったとは思わなかった。
別の道を探して、また歩いてきた。
そうやって生きてきたから、いまの場所まで来られたのだと思う。
私はいま、幸せだ。
それは、すべてが思いどおりになったからではない。
思いどおりにならないたびに、違う道を受け入れてきたからだ。
自分と違う考えを否定しないこと。
ひとつの答えだけにしがみつかないこと。
「こうでなければならない」を、少しずつ手放してきたこと。
それが、私を生きやすくしてくれたのだと思う。
頑固ではない私は、たぶんこれからも、ひとつの道だけにこだわらない。
あれがダメなら、あっちへ行く。
それも違ったら、また別の道を探す。
人の考えを変えようとせず、自分の人生も決めつけずに生きていく。
その柔らかさが、患者さんの心を少しだけ軽くし、私自身をいまの幸せまで連れてきてくれたのかもしれない。
