ダークな作品に人はなぜ惹かれるのか?
こんにちは、月岡舞です🐶
怖い。しんどい。できれば、そちら側には行きたくない。
それなのに、なぜか続きが気になってしまう。
Netflixを見ていても、最近は明るいだけではなく、人の欲や弱さ、社会の少し深いところに触れる作品がよく話題になるなと感じます。
私にとって、その代表が『闇金ウシジマくん』でした。
読んでいてかなりダメージを受けるので、なかなか先へ進めない。でも、見たくなるんですよね。
今日はスペースで話した「ダークな作品に人はなぜ惹かれるのか?」を、少し整理して残しておきます。
※ここでいう「ダーク」は、ホラーや暴力描写だけを指していません。詐欺や裏社会、特殊な人間関係、バッドエンド寄りの物語など、普段は触れにくい世界や人間の一面を描く作品まで、広めに考えています。
「行きたくない。でも知りたい」
私なりの答えを先に言うと、ダークな作品は知らない世界を教えてくれるから惹かれるのではないかと思っています。
『闇金ウシジマくん』の世界には、できれば入りたくありませんw
でも、そこではどんなルールで人が動き、何をきっかけに追い詰められ、どんな選択をするのかは知りたい。
『地面師たち』のような詐欺の世界も同じです。現実に巻き込まれたいわけではないけれど、「そんな世界があるのか」と、少し離れた場所から覗きたくなる。
ここからは、スペースで話した自分の感覚に、記事を書くにあたって調べた研究も重ねてみます。
心理学には、死や暴力、危険などのネガティブな情報をあえて知ろうとする「病的好奇心(morbid curiosity)」という考え方があります。ここでいう「morbid」は、死や暴力、危害に関わる対象を指し、「不健康」「異常」という意味ではありません。
Oosterwijkの研究では、人がネガティブな情報を自分から選ぶことがあると示されています。ただし、人物同士の関係や出来事の文脈があるネガティブな社会場面は中立画像より選ばれた一方、文脈のない身体損傷画像は中立画像より好まれたとはいえませんでした。単純に「残酷なら残酷なほど見たい」という話ではなく、何が起きたのか、なぜ起きたのかを理解したいという物語への関心がありそうです。
私が感じていた「知らないから見たい」にも、近いものがありそうです。
フィクションだから近づける
もう一つ大きいのが、これはフィクションだとわかったうえで触れられることです。
私はハッピーエンドだけでなく、バッドエンド寄りの作品も好きです。現実で同じことが起きたらつらすぎる。でも物語なら、自分の安全を保ったまま、その感情や世界を見つめられます。
AndradeとCohenがホラー映画を使って行った一連の実験では、ネガティブな感情とポジティブな感情が同時に生じうることが示されています。
怖さが消えるから楽しめるのではなく、怖いままでも「これは作品だ」という枠がある。その距離があるから、現実には近づけないものを疑似体験できるのかもしれません。
もちろん、どこからを「ダーク」と感じるかは人によって違います。
私が普通に読めるものでも、別の人にはかなりダークに見えることがあります。反対に、自分では攻めたつもりでも、詳しい人には「まだ入口だよ」と見えるかもしれません。
だから、画面が暗いか、強い描写があるかどうかだけで、ダークさは決まらないんですよね。
読むのは面白い。でも作るのは難しい
知らない世界は、読者としては面白い。
一方で、創作者として描くとなると急に難しくなります。
自分が知らないことを、知ったふうに描きたくないからです。
たとえば私はアニメ『SHIROBAKO』が大好きで、「アニメ制作の現場って大変なんだな」と感じました。でも、実際に働いている方から見れば「現場はもっと過酷だよ」と思う部分もあるはずです。
『闇金ウシジマくん』も、作品の説得力を支えているのは、表面の強い描写だけではなく、細かな取材や具体性なのだと思います。
だから私は今、自分の経験や解像度を乗せやすい女性上位の作品を中心に作っています。全部が実体験という意味ではありませんが、自分なりにわかったうえで、なるべく嘘のない感情を描きたいんです。
とはいえ、何もかも体験してから描こうとしたら、漫画を作る時間がなくなりますw
スペースではリスナーさんから、「実際に経験できないまでも、いろいろな作品を読むことが幅を広げるために大事」というコメントをいただきました。本当にそのとおりだと思います。
自分で体験する。詳しい人の話を聞く。本や記事を読む。優れた作品にたくさん触れる。
ひとつの経験だけを正解にせず、複数の窓から見ることで、知らない世界の解像度は少しずつ上げられます。
「暗い」だけでは、読者を連れていけない
ダークな設定や強い描写を置けば、それだけで読者が惹かれるわけではありません。
BartschとMaresが映画予告を使って行った研究では、グロテスクさが視聴意向を下げる影響は、作品に意味深さを感じたときに和らぐ可能性が示されています。
大事なのは、「どれだけひどいことを起こせるか」よりも、その出来事によって何を見せたいのかではないでしょうか。
知らなかった社会の仕組みなのか。
極限で出てくる人の弱さや優しさなのか。
その人物が、なぜその選択をしたのか。
暗さの奥に見るものがあると、作品はただの刺激ではなく、読者にとって「すごいものを見た」という体験になります。
※今回紹介した研究は、欧米の画像・映像研究が中心です。日本の漫画読者すべてに、そのまま当てはまると証明するものではありません。ここでは、私がスペースで感じたことを考える手がかりとして紹介しています。
創作で意識したい、3つのこと
今回の話を、自分の制作に持ち帰るならこの3つです。
1.自分にとって当たり前の「知らない世界」を具体的に描く
職業、場所、人間関係、そこでだけ通じるルールなど、自分がよく知っていることを具体的にする。自分には当たり前の世界が、誰かには新鮮かもしれません。
2.体験できないことは、詳しい人の話や多くの作品から解像度を上げる
何もかも自分で体験する時間はありません。だから、作品を読む、詳しい人に聞く、取材する。複数の窓から見ることで、描ける世界は少しずつ広がると思います。
3.読者を置いていかないよう、王道の「手すり」を残す
作り手が新しいことを楽しみすぎると、読者を置いていってしまうことがあります。構図、言葉、視点、ジャンルとして期待されている気持ちよさなど、入り口にはわかりやすい手すりを置く。そのうえで、まだ見たことのない場所へ連れていく。
私が作っている大人向け作品なら、まず「実用的である」というゴールを外さないことも大事です。その満足に加えて、知らない世界を覗いた感覚まで持ち帰ってもらえたら、時間とお金をいただく作品として、もう一段いい体験になる気がしています。
まとめ
ダークな作品に惹かれるのは、暗さや残酷さそのものが好きだから、だけではないと思います。
現実には近づきにくい世界を、安全な距離から知ることができる。
怖さや悲しさの奥に、人間や社会の知らなかった一面を見つけられる。
そこに、ダークな作品ならではの面白さがあるのではないでしょうか。
作る側としては、知らない世界を描く怖さもあります。
でも、自分の経験だけに閉じず、作品や取材を通して少しずつ視野を広げる。そして王道の手すりを残しながら、自分にしか見せられない場所へ読者を連れていく。
正解はなく、最後は出してから答え合わせするしかありません。
私も今作っている、ほかのAI漫画ではあまり見たことがない内容が受け入れてもらえるのか、まだわかりませんw
それでも、作り手として楽しみながら、読者を置いていかない作品を作っていきたいです!
皆さんは、どんな「ダークな作品」に惹かれますか?
音声で聞きたい方へ
今回の内容は、Xのスペースでもお話ししています。
月・水・金の12:00〜12:15ごろ、AI漫画やエンタメについて話しています。よかったら遊びに来てください🐶
