風呂キャンだった私が、銭湯に救われた夜。
会社員だったころ、
いわゆる「風呂キャン」になっていた。
入りたくないわけじゃない。
でも、日中ずっと気を張って働いて、
家に帰るころには、自分のために何かをする気力が残っていなかった。
料理もできず、夜ごはんはコンビニ。
お風呂も同じだった。
冬なのをいいことに、家を出る20分前に起きて朝シャン。
濡れた髪のまま家を出て、歩きながら乾かす。
とりあえず前髪さえ整っていればよし。
そんな生活をしていた。
そのころ私は、仕事がしんどい日に、
電車に乗らずに歩いて帰ることが増えていた。
ある夜、いつものように歩いていると、
暗い道にぽつんと明るい建物が見えた。
オレンジ色のあたたかい光に、青い暖簾。
銭湯だった。
昔は銭湯が嫌いではなかった。
でも思春期くらいから、
家族にさえ裸を見られるのが恥ずかしくなって、
すっかり行かなくなっていた。
なのに、その日はあまり何も考えられなくて。
ぼーっとした頭のまま、
明かりに吸い寄せられるように暖簾をくぐった。
どうやら家族でやっている銭湯らしい。
奥には、座ったまま眠っているおばあちゃん。
受付には、お母さんらしき人。
そして小学生くらいの男の子が、
「ガラガラやってます!」
と声をかけてくれた。
よくわからないまま回してみると、3等。
タオルが当たった。
何も持っていなかった私には、ありがたかった。
ここまで来て、タオルまで当たってしまった。
それなら、入ってみるか。
受付を済ませて、おずおずと脱衣所へ。
いたのは、数人のおばさまと親子くらい。
みんなテレビを見たり、淡々と着替えたりしていて、私のことなんて誰も気にしていない。
その感じに少し安心して、端っこの方で服を脱いだ。
浴室の扉を開ける。
むわっとした、銭湯の匂い。
家のお風呂とは違う、あたたかい湿気。
壁には、本当にあるんだ、と思うような富士山の絵。
小さな椅子に座って身体を洗う、
ドラマで見たことのある洗い場。
備え付けのシャンプーとボディーソープで、
髪も身体もガシガシ洗った。
その日は、それが気持ちよかった。
身体にまとわりついていたものを、
全部、全部、洗い流したかった。
ようやくきれいになって、髪をまとめ、湯船へ入る。
あつ、くない。
熱いお湯が苦手で、いつも10分も入っていられない私には、ちょうどいい温度だった。
そのまま肩まで浸かってみる。
細かな泡が、じわじわと身体についてくる。
じんわり、ぽかぽか。
じんわり、ぽかぽか。
気づけば、肩の力が抜けていた。
隣の電気風呂にも入ってみた。
昔は苦手だったのに、今はなんだかクセになる。
外には、小さな露天風呂があった。
誰もいない。
湯船に浸かって上を見ると、夜空が見えた。
こんなふうに夜空をじっくり見上げたのは、
いつぶりだろう。
火照った顔に、冬の冷たい空気が当たる。
また少し浸かる。
もう一度、空を見る。
お風呂から上がるころには、仕事のことを少し忘れていた。
着替えて、テレビを見ながら瓶の牛乳を飲んだ。
お風呂に入ったからって、仕事がなくなるわけじゃない。
嫌だったことの記憶が消えるわけでもない。
明日になれば、また仕事に行かなくちゃいけない。
でも、その夜は、
ちゃんと自分を洗って、あたためて、家に帰れた。
それだけで十分だった。
ほかほかの身体で、また家まで歩いた。
