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仕事ができない人ほど謝らない

謝れない人は、ミスそのものより大きな損失をつくる


納期が遅れた。
認識がズレた。
顧客を怒らせた。
社内の連携を止めた。

問題が起きたとき、仕事ができない人ほど、最初に自分を守ろうとする。

「でも、事前に聞いていませんでした」
「そもそも、こちらだけの責任ではありません」
「こちらとしては対応していました」
「相手にも問題があったと思います」

本人は、状況を説明しているつもりなのだと思う。
だが、相手から見れば、責任から逃げているようにしか見えない。

問題が起きた直後に求められているのは、誰が何割悪いかという判定ではない。

この問題をどう収束させるのか。
次に何をするのか。

最初に問われているのは、そこだ。


謝れない人は、謝罪を敗北だと思っている


謝ったら、
自分が悪いことになる。
責任を押しつけられる。
評価が下がる。
不利な立場になる。

そう考えるから、謝罪より先に説明を始める。
だが、相手が怒っているとき、その説明はほとんど届かない。
相手の中では、まだ問題が終わっていないからだ。


説明の内容が正しくても関係ない

相手が事実を聞ける状態になっていない。

その状況で正しさを主張すれば、どれだけ筋が通っていても、言い訳にしか聞こえない。

問題は、説明の中身ではない。
話す順番を間違えていることだ。

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仕事ができる人は、謝罪と事実整理を分けている


仕事ができる人は、何でも自分の責任にするわけではない。
こちらにわずかでも負い目があるなら、まずその部分を認める。

確認が足りなかった。
説明が遅れた。
認識のズレを放置した。
相手に余計な負担をかけた。
自分たちにあった問題を、先に処理する。

そのうえで、相手が話を聞ける状態になってから事実を整理する。

何が起きたのか。
どこで認識が分かれたのか。
今すぐ何をするのか。
再発を防ぐために、双方が何を変えるのか。
謝罪と事実整理を、同時にやろうとしない。

先に対話できる状態をつくる。
そのあとで、必要な論点を整理する。

この順番があるから、話が前に進む。


非がないなら、事実ではない責任まで認めなくていい

ただし、何でも謝ればいいという話ではない。
こちらに非がないのに、相手の主張をすべて受け入れる必要はない。

やっていないことまで認めれば、事実関係が壊れる。
責任範囲も曖昧になる。

その場合は、責任を認めるのではなく、相手が置かれている状況に配慮を示せばいい。

たとえば、

「ご負担をおかけしている状況は重く受け止めています。事実関係を確認したうえで、改めてご説明します」

と伝える。
相手の不利益や不安は受け止める。

しかし、確認できていない責任までは認めない。

謝罪と服従は違う。

必要なのは、相手にへりくだることではない。
事実を崩さず、問題を収束させることだ。

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私なら、正しさを説明する前に、話せる状態をつくる


私が問題発生の連絡を受けたとき、最初に考えるのは、どちらが正しいかではない。
相手は今、こちらの説明を聞ける状態にあるか。

まず、そこを見る。

相手が怒っている。
不安を感じている。
自分たちが軽く扱われたと感じている。

その状態でこちらの正しさを説明しても、ほとんど届かない。

だから、こちらに少しでも負い目があるなら、私はその部分だけを先に認める。

「こちらの確認が足りませんでした。ご負担をおかけして申し訳ありません」
「ご連絡が遅くなり、不安を与えてしまいました」
「認識のズレを早い段階で修正できなかったのは、こちらの問題です」

ここでは、相手側の問題を持ち出さない。

謝罪の直後に、
「ただ」
「しかし」
「こちらとしては」
と続けない。

謝罪に反論を接続した瞬間、相手には謝罪ではなく自己弁護として伝わるからだ。

そのうえで、今すぐ何をするのかを伝える。

何を確認するのか。
いつまでに回答するのか。
誰が対応するのか。
暫定的に、どこまで問題を止めるのか。

謝るだけでは、問題は進まない。
私は、謝罪と同時に、次の行動と期限まで置く。

相手の感情が落ち着き、事実を聞ける状態になったら、そこで初めて全体を整理する。
こちらの確認不足は、こちらの問題として認める。

一方で、相手側にも認識の不足や対応上の問題があったなら、それも曖昧にしない。

「こちらは、この運用を変えます。そのうえで、同じことを防ぐために、今後はそちらでもこの確認をお願いしたいです」

そう伝える。
私は、
相手の問題を見逃すために謝るのではない。
相手に服従するためでもない。

問題解決に必要な対話を、もう一度始めるために謝る。

先に自分側の問題を処理するからこそ、その後で相手側の問題も冷静に伝えられる。

私にとって謝罪とは、自分を小さくする行為ではない。
感情と事実が絡まった状態をほどき、問題を前に進めるための判断である。

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謝罪は、問題解決を始めるための最初の仕事である


私は、仕事上の謝罪を感情ではなく論理として考えている。
こちらに少しでも負い目があるなら、まず謝る。

それは、勝ち負けを決めるためではない。
相手がこちらの説明を聞ける状態に戻すためだ。

そのあとで、事実を整理する。
こちらの問題を認める。
相手側にも改善してほしいことを伝える。
同じことを起こさないための条件を決める。

最初から正しさを争えば、相手はさらに自分を守ろうとする。
こちらが先に非を認めれば、相手も自分側の問題を認めやすくなる。

もちろん、必ず相手が冷静になるとは限らない。
こちらが謝ったからといって、相手も自分の問題を認めるとは限らない。

それでも、こちらが取るべき順番は変わらない。

自分たちの問題を認める。
今すぐ取る行動を示す。
事実を整理する。
再発を防ぐ条件を決める。
謝罪は負けではない。

問題を解決するために、対話を再開させる最初の一手だ。


謝るだけで信用が戻るわけではない

ただし、謝罪をすれば問題が終わるわけではない。

何度も同じことを繰り返しながら、そのたびに頭を下げても、信用は戻らない。

信用を戻すのは、謝罪の言葉ではなく、その後の行動だ。

報告の頻度を変える。
確認方法を変える。
責任者を明確にする。
期限を置く。

問題が起きたときのエスカレーション条件を決める。
誰が、いつ、何を確認するのかを決める。

謝罪は、過去の問題を認める行為である。
運用の変更は、同じ問題を起こさないという未来への約束である。

この二つが揃わなければ、信用は回復しない。

私は、謝罪だけで信用を取り戻せるとは思っていない。

相手から見て、以前より安心できる状態をつくったときに、初めて関係は前へ進む。

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本当に怖いのは、謝らないことが習慣になることだ


一度、謝るタイミングを逃しただけで、すべてが壊れるわけではない。

本当に怖いのは、問題が起きるたびに同じ行動を繰り返すことだ。

説明で覆う。
責任を曖昧にする。
都合の悪い事実を小さく扱う。
対応を先送りする。
「まだ大丈夫」と判断する。

最初は、小さな問題だったはずだ。

それでも、認めるべきタイミングで認めなかったことで、問題は静かに深くなっていく。

顧客への連絡が一日遅れる。
社内への報告が先送りされる。
経営への共有が遅れる。
誰の責任かが曖昧なまま、現場だけが対応を続ける。
問題そのものより、問題を認めなかった時間の方が、損失を大きくしていく。

謝れない人がつくる損失は、最初のミスだけではない。

対応の遅れ。
判断の遅れ。
信頼の低下。
社内工数の増加。
関係者の疲弊。
顧客離れ。
次の問題が報告されなくなる組織風土。

一つのミスを守ろうとして、会社全体の信用を削っていく。

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謝らない習慣の先に、手遅れがある


個人でも会社でも、この構造は変わらない。

謝罪を避けたことで、顧客との関係が悪化する。
報告を遅らせたことで、経営の判断が遅れる。
責任を曖昧にしたことで、誰も動かなくなる。

危機は、大きな事件が突然起きたから手遅れになるのではない。
見えていた症状を、問題として扱わなかった時間によって手遅れになる。

今回書いた「謝らない」という行動も、その初期症状の一つだ。

小さな積み重ねが、会社全体を取り返しのつかない状態へ近づけていく。

会社の中で、実際にどのような症状が起きていたのか。
どの段階で判断を誤り、なぜ危機は深くなったのか。

そして、手遅れになる前に何を止め、何を決めるべきだったのか。

その実体験と判断基準は、こちらにまとめています。

『手遅れ|危機はこうして深くなる』

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明日使える基準


振り返ると、問題が起きたときに置くべき問いは四つある。

自分たちに、少しでも非はあるか。
相手に、どのような負担を与えたか。
今すぐ何をすれば、問題を前に進められるか。
事実を整理するのは今なのか。
それとも、相手が落ち着いたあとか。

もう一つ加えるなら、謝罪の後に何を変えるのかも必要だ。

報告方法を変えるのか。
確認方法を変えるのか。
責任者を決めるのか。
期限やエスカレーション条件を置くのか。

最初に自分を守ろうとすると、問題は長引く。
最初に問題を終わらせようとすると、信頼が残る可能性は高くなる。


この記事で残したいことは、ひとつ

私は、謝れる人を、単に素直な人だとは思っていない。

自分の正しさやプライドより、問題を終わらせることを優先できる人だと思っている。

こちらに非があるなら、先に認める。
相手が話を聞ける状態をつくる。

そのあとで、双方の問題を整理する。
そして、同じことが起きない運用へ変える。

謝罪は、負けを認める行為ではない。
問題から逃げず、自分が最初に収束へ動くという意思表示である。

問題が起きたとき、皆さんは謝罪と事実説明をどのような順番で行っているでしょうか。

謝るべきだと思いながら、説明を先にしてしまった経験があれば、ぜひコメントで教えてください。

この記事が、自分や組織の対応を見直すきっかけになったら、スキを押していただけるとうれしいです。

危機時の経営判断や、組織を立て直すための実務を今後も書いていきます。続きが気になる方は、フォローしていただけるとうれしいです。

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