見出し画像

「どうせ」で守った自分より、「それでも」で立つ自分の方が強い。

「どうせ私なんて…」って言葉、口にしたことありますか?


何気なく言ってるようで、その一言には、ものすごく深い願いが隠れてるんです。


たとえば「性格悪いんで」って自分で先に言う人。


それって、ほんまは嫌われたくないとか、わかってほしいって気持ちの裏返しやったりする。


自分を守るために、自分で先に下げるんです。


でも、その癖がつくと、ほんまに自分の価値を見失ってしまうこともある。


「どうせ」って言葉は、心を閉じる魔法みたいなもん。


一度かけてしまうと、誰の優しさも届かんようになってしまう。


けど、その魔法をかけたのも自分なら解けるのも自分なんです。


「どうせ私なんて」って思ってしまうときほど、本当は誰かに見てほしいと思ってる。


その心の奥にある願いを、ちゃんと見つめてあげてほしい。


「どうせ私なんて」って言葉には、諦めのようで、実は期待が混ざってます。

「本当は変わりたい」
「本当は認められたい」
「でもきっと無理やろうな」


その狭間で、心が揺れてるんです。


人って「もうどうでもいい」って言いながら、どこかで「誰か気づいて」って思ってる。


「性格悪いんで」なんて冗談っぽく言うのもそう。


ほんまに自分を悪い人間やと思ってるわけじゃない。ただ、いい人でいようとするのに疲れただけなんです。


誰かに傷つけられたり、誤解されたり、努力が報われへんことが続くと「どうせ私なんて」って言葉が心の癖になっていきます。


そうやって、期待しないようにして、自分を守ってる。でも、その守り方は、ほんまの自分を苦しめることもある。


だって、自分を下げるたびに、心の奥で「本当はそんなこと思ってない」って声が響いてるから。


「本当はもっと素直に笑いたい」
「本当は誰かに褒めてもらいたい」
「本当は頑張ってるって気づいてほしい」

その本音を無視してる限り、心はずっと疲れたままなんです。


自分を下げる言葉って、一見「謙虚」っぽいけど、「自己否定」なんです。


それを続けると、自分の中にあるいい部分まで曇ってしまう。


本当は優しい人なのに、「どうせ」って言葉でそれを隠してしまう。


本当は頑張り屋さんなのに、「私なんて」ってごまかしてしまう。


どんなに自分を下げても、あなたの価値は下がらない。


どんなに「性格悪い」と言い聞かせても、誰かを思って悩んでる時点で、もうそれは「優しさ」が残ってる証拠なんです。


「どうせ私なんて」って言葉が出てきたときは、自分にこう問いかけてみてください。


「ほんまはどうしてほしかった?」
「誰に何をわかってほしかった?」


その答えが、本音であり願いなんです。


そこに気づいたら、少しずつでいいから言葉を変えください。


「どうせ」じゃなくて、「まだ」って言ってみる。

「どうせできへん」じゃなくて、「まだできてへん」。


言葉を少し変えるだけで、心の方向が諦めから希望に変わる。


何度でもやり直せるし、何度でも優しくなれる。


自分を守るために身につけた言葉を、今度は自分を励ます言葉に変えていけばいい。


「どうせ私なんて」って思う日があってもいい。


その言葉が出てくるほど、頑張ってきた証拠やから。


ただ、そのまま終わらせずに、心の奥の本当の声を聞いてあげてください。


「どうせ」なんて言葉で終わる人じゃない。


「それでも」って言葉で生きていける人なんです。



👇共同運営マガジンのご案内

参加は無料なので、気軽に参加してくださいね。
参加希望の方は下記の記事にコメントください。



👇メンバーシップの参加はこちらから


メンバーシップの過去記事↓

いいなと思ったら応援しよう!

まさ@人と仕事の整え方 よかったと思ったら気持ちいただけると喜びます