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【国有】 第二話 既読:電話は、三秒で切れた。

 電話は、三秒で切れた。

 谷口凌はスマートフォンを伏せて、画面に戻った。AIのダッシュボードには七件の依頼が並んでいた。資料作成、議事録、採用候補者のスクリーニング、競合分析。どれも、三年前なら四、五人がかりでやっていた仕事だった。

 父は出なかった。

 今朝、ニュースアプリを開いたら「大手製造業、管理職七百名を希望退職へ」という見出しがあった。父の会社名は出ていなかったが、同じ業種だった。それで電話した。それだけだった。

 依頼の一番上を開いた。ある中堅商社からの案件で、営業部門の業務フローをAIに置き換える設計図を作ってほしいという内容だった。添付資料には現在の担当者リストがあった。十七名。凌は資料を閉じ、また開いた。閉じた。

 十七名。

 リストをスクロールした。名前と部署と在籍年数が並んでいた。一番上は十九年目だった。凌より年上だった。

 AIに指示を出しかけて、止まった。画面を見ていた。十秒か、三十秒か、わからなかった。それから打った。「添付の業務フローを分析して、自動化可能なプロセスを優先度順にリストアップして」。三秒で返ってきた。精度は高かった。凌が一から考えるより速く、抜けがなかった。

 猫が鳴いた。

 六畳の部屋の隅、段ボール箱の上に白い猫がいた。名前はハル。二か月前、マンションのゴミ置き場にいたのを連れてきた。大家には内緒だった。

 「うるさい」と言ったら、もう一度鳴いた。

 AIの回答を確認した。十七のプロセスのうち、十四が「完全自動化可能」と判定されていた。残り三つは「人間の判断が必要な場合あり」とあった。凌はその三つを見た。クレーム対応、取引先との関係維持、社内調整。

 もう一度見た。

 誰かが怒鳴り込んでくる窓口に立つ仕事。長年の付き合いで頭を下げる仕事。社内で板挟みになる仕事。AIが「人間の判断が必要」と判定したのは、そういう仕事だった。父がずっとやってきたのも、たぶんそういう仕事だった。

 そういうことか、と思った。最後まで残るのは、誰かの機嫌を取る仕事だけだ。

 父に折り返した。呼び出し音が五回鳴って、留守番電話に切り替わった。父の声が「ただいま電話に出ることができません」と言った。録音されたのはいつだろう、と思った。声が若かった。

 凌はメッセージを入れなかった。

 案件に戻った。設計図の骨格をAIに作らせて、自分は細部を整えた。二時間の仕事が四十分で終わった。請求金額は変わらない。

 それでいいのかどうか、考えないようにしていた。

 夕方、別の依頼が届いた。送信者は見たことのない企業名だった。件名は「市民労働者支援プログラム・コンテンツ制作」。開くと、「AI活用に不慣れな市民向けの、わかりやすい操作ガイドを作成してください」とあった。対象は「主に四十代以上の市民労働者C・D層」と書かれていた。

 凌は画面を見たまま、しばらく動かなかった。一度、画面を閉じた。

 ハルが段ボールから降りて、足元に来た。

 凌はアプリを開き直して、その依頼を受けることにした。理由は考えなかった。

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