ちょっと変でもべつにいい。私が見つけたおまじない🪄
ずいぶんと日が落ちるのが早くなった。
急足で歩くとまだ汗はかくし、サングラスはちゃっかりとバックに常備している。
でも確実に、夏が私のそばを通り過ぎようとしているのを感じる。
いつも退勤時間までキラキラと帰路を照らしてくれていた港も帰る頃には、藍色の空に染められている。
私は夏にかけて右肩上がりの晴れやかさにお出迎えされるよりも、冬にかけて切なさに飲み込まれていく下がり気味のこの感じが好き。
もしかして親しみを覚えてるのでは?そんなことをふと思う。
そしてそんな季節にはしっかり、下降気味な気持ちもやってくる。べつに呼んでないのに。
こんな自分が嫌になって、あの日の夜も心の真正面に座ってつらつらと日記に綴った。
2026.8.19
もうこれ以上、あまり決断をしたくない人生だ。
私は決断をするとき、「だれに怒られるから、評価されるからこっちにする」みたいに、自分の意思ではないもので選びがちになってしまう。
経験だとか、成長だとか、後悔しないためにだとか。きっとこっちの方が正しいのだろうと。
だから、今フリーターとして自由の身になって、「さあどっちを選んでもいいですよ!?」と決断を迫られたとき、少し息が苦しくなった。
この決断を迷わせた原因は、数日前に見つけた心のおまじないにある。
私の長年の悩みである、気にしすぎること。
そのやっかいな思考の癖は、周りから変に見られたくないという気持ちから、何層もの正誤フィルターを通った結果、言葉にせず飲み込んでしまうというやつ。
本当はもっと自分のことを知ってもらいたいし、ほかの人とは違う自分の色を見てもらいたいのに。
だからチャッピーと考えて、おまじないを唱えることにした。
“ちょっと変でもべつにいい”
尻込みしそうなとき、本音が飲み込まれそうになったとき、心の中で唱えてみる。
そうすると、魔法がかかったみたいに少し前に進める気がするのだ。
その魔法を手に入れた私は、決断を迫られたときに思った。
「私はなんのために相手の意向を汲み取って、顔色をうかがっているのだろうか?」
相手の思うツボに自らハマりに行っている自分を想像すると、相手の意向という鎧を手に入れた安心感はあったが、少し窮屈に見えた。
そんな鎧を取り払い、なんにも持っていない無防備な自分に問いかけてみた。
「この決断、どっちにしたいの?」
私は急にわからなくなった。
今までの安心感を捨ててひとりで立っている自分は弱々しくて、自分の気持ちすら言葉にできない。
そんな自分を見て、今までどれだけ自分の気持ちに嘘をついて、心を置いてけぼりにして決断してきたのか、少し謎が解けたような感覚があった。
だれかに反対されようと、嫌な顔をされようと、自分の意思を貫き通す強さが私にはなかったし、怖かった。
ずっとひとりで立つことから逃げてきた自分に、自信なんてついてくるはずがない。
自分がほんとうの自分に気づいてあげて、いちばん応援してあげてあげないといけなかったんだ……。
なんだかやっとスタートラインに立てた気がした。
自分のために生きる人生が始まったような気がして、どこからかスタートピストルの軽やかな音が聞こえた。
前にも後ろにもすぐそばにも誰かが走っている。
今までは追いつこうと、足並みそろえてスピードを調節してと必死だったけど、これからは競わず比べず自分のペースで。
運命に定められたコースを信じて進めばきっと大丈夫。どんなことが待ち受けようと、おまじないを手に入れた私はきっと強くなれるはず。
