嘆きのPOISON野郎:令和八年第九週
ふろしきの日
梅ヶ丘まで行き、羽根木公園で梅を見る。丘陵にたくさんの梅の木が植えられているこの公園があるから“梅ヶ丘”と名付けられたと思いきや、実際は「こんな地名なのに、梅が咲いてないきゃおかしいだろ」との声がどこからともなくあがって植えられたのが真相らしい。待ちかねていた人々が多かったのか、園内は結構な賑わい。公園の梅の花は綺麗だったけど、色は期待したほどには紅くなく、冬空に滲むようだった。

敷地内にリニューアルオープンした図書館をひやかした後、商店街の中にある「HANACHO」で多肉植物を買って帰宅。ここは品揃えのレベルがマジで高い。

鉄道ストの日
『ナーズの逆襲』シリーズの主演俳優にして、リジー・マグワイアのお父さん、ロバート・キャラダインが亡くなった。この20年間、双極性障害と闘病していて最後は自死だったという。見るからにヤバそうな兄のデビッド(『デス・レース2000』)やキース(『ナッシュヴィル』)と比べると、フィルモグラフィが穏当な分、人格的に安定しているように見えたのに。人間って分からない。
夕刊紙の日
ネット試写で、『オッペンハイマー』以来となるキリアン・マーフィー主演作『決断するとき』。マーフィー自らの企画で、『オッペンハイマー』の共演者マット・デイモンやその親友ベン・アフレックにまで出資させて作り上げた入魂の作品だ。
題材は、『マグダレンの祈り』と同じマグダレン洗濯所事件。カトリック教会が長きにわたって、未婚の母(レイプ被害者を含む)を強制労働させていたことが明るみになったこの事件は、教会の権威を失墜させ、結果として人工中絶や同性婚を合法化するきっかけをもたらしたアイルランドの歴史に残る大事件である。
70年代少女漫画に出てくるような、キラキラのトランス女子に扮した出世作『プルートで朝食を』から20年経過すると、教会の出入り業者の中年親父(にしてはキラキラしてるけど)役も板について見えるのが感慨深い。でも考えてみれば『プルートで朝食を』もIRAの存在が物語に深く関わっていたわけで、彼はキャリアにおいてここぞという時に、アイリッシュであることを強調するのかもしれない。
ちなみに作品の舞台が1985年なこともあり、パブの店内ではデキシー・ミッドナイト・ランナーズの「カモン・アイリーン」が流れていた。忌まわしきU2じゃなくて良かった。
二・二六事件の日
エプスタイン・ファイルの情報が部分的に明らかになってきている。ビル・ゲイツが正式にエプスタインとの交友について謝罪したけど、それ以上に「うげっ」となったのは、エプスタインが親友だったウディ・アレンの2015年監督作『教授のおかしな妄想殺人』にエプスタイン島の少女たちを大学生役で出演させていたこと。映画自体もホアキン・フェニックス扮する大学教授が、女子大生エマ・ストーンと恋に落ちるという、テン年代としては「それ作るか」的な内容だったのに、舞台裏はさらに酷かったことになる。
アメリカを追われて以降のアレンの映画は、いくつかの例外を除けば黒字になっているとは到底思えない興行収入だったにもかかわらず、毎年のように製作され、スター俳優がこぞって出演していた。徹底的な商業主義であるハリウッドにあるまじき現象に違和感を覚えながら、当時はアレンの過去の功績に製作スタジオや俳優たちが惹かれているからだとばかり思っていた。でも今にして思えばエプスタインが、スタジオの重役たちに映画をアレンに撮らせるように圧力をかけていた可能性もある。その圧力の武器が何だったかを考えると、到底アレンの映画を観る気にはなれなくなってくる。
『ザ・ビューティー 美の代償』がクライマックスへ。ついにエヴァン・ピーターズが、アシュトン・カッチャーを暗殺するためには変身するしかないと、自らビューティーを摂取してしまった。しかしその結果、なぜか子どもに変身。この明後日の方向の展開には笑うしかない。ピーターズの体が健康すぎて、これ以上数値を改善するには子どもになるしかないとウィルスが考えたから? いや、もちろんライアン・マーフィーが単にそっちの方が面白いと思っただけなのだろう。
冬の恋人の日
ネットフリックスとパラマウントのワーナー・ブラザース買収争奪戦は、パラマウントの勝利に終わった。ネット配信大手の子会社になる事態を回避して、同業会社の傘下におさまることによって映画館文化の寿命はちょっとだけ伸びたかもしれない。でもパラマウントにはドナルド・トランプの息がかかっている。おそらくワーナー傘下のCNNは、解体もしくは骨抜きにされるだろう。映画館文化の代償は、報道の自由になるかもしれない。
休日の昼間は混んでいそうなので、遅くまで開館している金曜の夜を狙って「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」を見に、六本木の国立新美術館へ。80年代は完全な英国派だったのだが、90年代の英国文化には疎い。FACEやi-Dはたまに買っていたけど、音楽はほぼスルー。理由は単純で、面白いと思えなかったから。
80年代の英国文化はジャマイカ系やゲイ・カルチャーからの影響色濃い、傾奇者の文化で、そこに自分は惹かれていた。しかし忌まわしきU2やホットハウス・フラワーズ(なんであんなバンドをみんな褒めてたんだ?)のアイリッシュ・ロック・ブームが起きるとこうした流れは断絶。マンチェスター・ムーヴメントはドラッギーではあったけど、フーリガンが主役だったし、ブリットポップに至っては反黒人音楽・反クィアのムーヴメントで奇抜なところが皆無だったので全く乗れなかった。そんなわけで大した予備知識を持たぬまま行ったのだけど、思った以上に移民や女性、クィアの視点をフィーチャーし、80年代との連続性を強調するかのような展示になっていて楽しめた。

ビデオ・インスタレーション作品のひとつに、マッチョな黒人男性ふたりが全裸でとっくみあっているのを様々な角度から映したものがあったのだけど、それは『SHAME -シェイム-』や『それでも夜は明ける』の映画監督スティーヴ・マックイーンのビデオ・アーティスト時代の作品だった。出演者のひとりは彼自身だという。結果的に大監督のチンコを見てしまったことになる。ちなみにマックイーンは最新監督作『ブリッツ ロンドン大空襲』でザ・ジャム〜スタイル・カウンシルのポール・ウェラーを俳優として起用している。80年代と90年代、そして2020年代は繋がってたのだ。
菅井きん 生誕百周年
ニール・セダカが亡くなった。個人的には「Oh Carol」とかを歌っていた黄金期より、「Love Will Keep Us Together」と「Laughter in the Rain」を連発していた70年代前半が冴えていると思っているのだけど、そんなルネッサンス期にしても、彼がまだ30代前半だったことに気づく。
目黒区美術館で「岡田謙三 パリ・目黒・ニューヨーク」。1920年代にパリで修行し、帰国後は目黒にアトリエを構えて、フジタやマリー・ローランサンにも似た女性画で人気画家に。しかし彼が頑張るのはここから。戦後に「これからはニューヨークが来る」と確信すると、いきなり現地に渡って「ユーゲニズム(幽玄ニズム)」を提唱。色のセンスはそのままに、アメリカ人ウケする侘び寂びを感じさせる抽象画を描きまくり、彼の地でも成功を治めるのだ。このフットワークの良さは見習いたい。わたしも「町田・世田谷・ニューヨーク」と歩みを進めていかなくては。

その後、まだ桜が咲き始めてもいない目黒川沿いを歩いて、中目黒の「スワン&ライオン」へ。九段下時代はミートパイを売る店だったのに、移転したら英国パブになっていた。今度は夜に行ってみたい。

「モナーク」第2シーズンが始まった。上映中の『レンタル・ファミリー』では社長と部下の関係の平岳大と山本真里が、息子と母として登場する。前シーズンでは過去パートのみの出演だった山本さんは、色々あって(気になる人は最初から観てほしい)老けないまま現代パートにも登場するように。その結果、アンナ・サワイを押しのけて彼女が主人公のような存在感を示している。
マヨネーズの日
ひたすら仕事の日だったけど、夜にポール・マッカートニーのウィングス時代を振りかえったドキュメンタリー「マン・オン・ザ・ラン」を観る。ビートルズを最初に脱退したのはポールではなくジョン、ロック世代の子育てを真に実践したのは、ダコタ・ハウスに住んでいたジョン&ヨーコではなく、スコットランドの農場で暮らしたポール&リンダ。今や常識となってはいるものの、ポールが生きている間に公式に訂正しておきたかったという気持ちだけは伝わってきた。
ブルーノ・マーズ『The Romantic』
ソロ作としては約十年ぶりなのに、前作に続いてまたもや9曲入り。20曲入りが普通の時代に楽曲を厳選する姿勢に敬意を払わずにはいられないけど、我々は生きているうちに、ブルーノの新曲をあと幾つ聴けるのだろうか。ラウンジーな「Cha Cha Cha」が最高。
