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「今日の隠し味はどうするか?」そんなことを毎日考えるが料理はしない話。

コーチの僕と、父の僕。|03

僕は17年間、サッカーの指導をしてきました。

現在も幼稚園生から中学3年生まで、さまざまな年代の子どもたちを見ています。

そんな僕が、コーチとして日々理想だと思っている練習があります。

それは、

「僕が一言もコーチングしなくても成立する練習」です。

サッカーコーチなのに、コーチングしない。

そう聞くと、少し変に聞こえるかもしれません。

もちろん、練習中に何も喋らないという意味ではありません。

僕ができるだけしないようにしているのは、

「練習の意図やプレーの答えを、先に教えてしまうこと」です。

その代わり、選手自身が何かに気づいた瞬間や、こちらが意図していたプレーが自然と出たときには、全力で褒めます。

そして、ときには選手自身がまだ気づいていない良いプレーに、こちらから気づかせてあげるような声かけもします。

つまり、

答えは教えすぎない。
でも、気づきは見逃さない。

そんなイメージです。

僕はコーチの役割を、

「教える人」よりも、「練習をデザインする人」

だと考えています。

子どもたちが自分で動き、自分で考え、トライ&エラーを繰り返す。

その中で、こちらが身につけてほしいと思っている技術や判断が自然と現れる。

そんな環境をつくることが、コーチの大切な仕事だと思っています。

……と、ここまで読んでも、

「いや、まだ何のこっちゃ分からない」

という方もいると思います。笑

今回は、そんな僕たちの練習や指導に対する考え方を、**「コーチの僕」**という立場から少し掘り下げてみようと思います。


答えを言えば、子どもは動ける

例えば、

「右サイドが空いてるぞ!」

「もっとドリブルで運べ!」

「相手を引きつけてからパス!」

コーチが外から答えを言えば、子どもはその通りにプレーするかもしれません。

でも、それは本当にその子自身が「分かった」のでしょうか。

僕は、できるだけ子ども自身に気づいてほしいと思っています。

相手に向かってドリブルしたら、相手が自分のところへ出てきた。

その瞬間、味方がフリーになった。

そこへパスを出したら、ゴールへの道が開けた。

そこで、

「あ、こうすればいいのか」

と自分で気づく。

だから答えを先に教えるのではなく、そういう現象が自然と起こる練習をつくる。

そこを大切にしています。


エコロジカル・アプローチという考え方

最近、スポーツの指導では「エコロジカル・アプローチ」という考え方を耳にするようになりました。

簡単に言えば、コーチが正解を一つひとつ教えるのではなく、人数やスペース、ルールなどに制約をつくり、その環境の中で選手自身が考え、解決方法を見つけていくような考え方です。

僕たちもクラブができた当初から、近い考え方でトレーニングをしてきました。

※エコロジカル・アプローチや、そこから実践につながる「制約主導アプローチ(Constraints-Led Approach)」について興味のある方は、以下の記事も見てみてください。

後からこの考え方を知ったとき、

「自分たちがやってきたことって、こういうことだよな」

と、改めて自分たちの育成を整理するきっかけになりました。

例えば、2対2のミニゲーム。

そこに、

「ボールに触れるのは3タッチまで」

というルールを加えてみる。

3回しか触れないのであれば、最初にボールをどこへ止めるのかが重要になります。

次のプレーも、早く考えなければいけません。

コーチが、

「ファーストタッチをちゃんとしろ!」

「判断を早くしろ!」

と言わなくても、その環境の中で子ども自身が必要性を感じていきます。

もっと広い範囲を見てほしいのであれば、コートを横長にしてみる。

人数を変える。

タッチ数を変える。

ゴールの位置を変える。

ルールや環境を変えることで、子どもたちに起こる現象を変える。

だから僕が考えるのは、

「今日は何を教えよう?」ではなく、
「今日は何に気づく環境をつくろう?」

ということです。


「何をするか」より、「何を得てほしいか」


僕は幼稚園生から中学3年生まで指導していますが、実は小学3年生と中学3年生で、同じような練習をすることもあります。

もちろん、条件は変えます。

コートの大きさ、人数、タッチ数、ルール。

なぜなら、

「小学3年生だからこの練習」

「中学3年生だからこの練習」

と、年齢だけでメニューを決めているわけではないからです。


僕が見るのは、

今、その選手たちに何が必要なのか。

「ここはできるようになってきたな」

「このエラーが多いな」

「この場面では判断が遅れるな」

実践の中で起きていることを見て、

「じゃあ、どんな練習をつくれば、この課題の現象がより自然にでてくるだろう?」

と考える。

だから、僕にとって大切なのは、

「何をするか」より、「何を得てほしいのか」。

練習メニューは、そこから逆算してつくります。


コーチは「きっかけ」をつくる


子どもたちを長く見ていると、

「あれ?いつの間にこんなことできるようになったの?」

と思うことがよくあります。

子どもたちの成長って、毎日少しずつ目に見えて上手くなっていくものではないと思っています。

練習や試合の中で、

失敗して、成功して、また失敗して。

いろいろな経験を重ねて、何かのきっかけを掴む。

そして、あるときポンとできるようになる。

だからコーチができることは、

子どもが成長する「きっかけ」を、練習の中にたくさん散りばめること。

ルールもその一つ。

コートの広さもその一つ。

成功体験もその一つ。

そして、コーチの声かけもその一つです。

僕は、ボールを持っている選手だけを褒めないようにしています。

「ボールを受ける前に周りを見ていたね」

「ボールが来ることを予測して、いいところに動いたね」

「パスが出てこなかったけど、よい動き出しだったよ」

そんな、ボールを持っていないときの良いプレーに気づいてあげることも、僕たちコーチの大切な役割だと思っています。

スーパーシュートや相手を2人も3人もかわしたドリブルなんていう成功体験は褒めなくても子供たち勝手に印象に残りますからね。笑

すると子どもも、

「あ、そこも大事なんだ」

と気づくかもしれません。

それも一つのきっかけです。


余談ですが、こういう声かけをしていると、たまに選手や保護者の方から、

「コーチ、名前間違えてない?」

と言われることがあります。笑

ボールを持っている子とは違う周りで動いている選手の名前を呼ぶので。

安心してください。間違えていないです。


夢中になっている子は、ものすごく考えている

僕たちが大切にしている言葉があります。

「教える」より、夢中にさせる。

例えば、鬼ごっこ。

夢中で逃げている子に、

「周りを見なさい」

「相手との距離を確認しなさい」

「次に逃げる場所を考えなさい」

なんて言う必要はありません。

鬼はどこにいる?

どこへ逃げよう?

こっちは危ない。

じゃあ、あっちへ行こう。

失敗した。

次はこうしよう。

子どもは、勝手にものすごく考えています。

夢中だからです。

僕はサッカーも同じだと思っています。

夢中になっているから、自分で見る。

自分で考える。

自分で判断する。

失敗したら、またやってみる。

だから、

「教える」より、「夢中にさせる」。

僕たちは、そんな環境をつくりたいと思っています。


なぜ、コーチがすぐに答えを言わないのか


普段、子どもたちの練習を見ている保護者の方は、

「今日はずっとゲームみたいなことをしているな」

「もっとコーチが教えた方がいいんじゃないかな」

と思うことがあるかもしれません。

でも、そのゲームの中にも僕たちなりの意図があります。

なぜ、この人数なのか。

なぜ、この広さなのか。

なぜ、このルールなのか。

そして、

なぜ、コーチがすぐに答えを言わないのか。

そこには、

子ども自身に気づいてほしい。

という思いがあります。

もちろん、狙った現象が全く出なければ、

「今日の練習、失敗したな」

と思うこともあります。

そのときは僕たちも、広さを変えたり、人数を変えたり、ルールを変えたりする。

コーチも、子どもたちを見ながら試行錯誤しています。

そうやって考えると、僕はコーチでありながら、どこか**「練習のデザイナー」**でもあるのだと思います。

練習をデザインしながら、

「こうしたら、こんな現象が出るんじゃないかな」

と、いろいろな仕掛けを入れていきます。

言ってみれば、練習の中に**「隠し味」**を仕込んでいるような感覚です。

「隠し味」と言っていて、ふと思い出すことがあります。

僕がまだ子どもだった頃、晩ご飯を食べていると、母によく聞かれました。

「今日の隠し味、何だか分かる?」

僕も食べながら、

「なんだろう?」

と考える。

当たることもあれば、全然分からないこともありました。笑

今思えば、僕が練習をつくるときの感覚も、少し似ているのかもしれません。

僕が練習の中に仕込んだ「隠し味」を、子どもたちはもちろん知りません。

でも、練習が始まると僕は、

「さて、今日仕込んだ隠し味は出るかな?」

と、実は毎回ちょっとワクワクしています。

狙っていた現象が出れば、

「お、出た出た」

と思う。

逆に、全然出ない日もあります。

そんなときは、

「今日の味付け、ちょっと違ったかな」

と考える。笑

コートを少し広くしてみる。

人数を変えてみる。

ルールを一つ変えてみる。

すると、急に狙っていたプレーが出始めることもあります。

そして面白いのは、僕が仕込んでいないものまで出てくることです。

こちらが想像していなかったアイデアで相手をかわしたり、僕が考えていなかった方法で問題を解決したりする。

そんなときは、

「そんなやり方もあるのか」

と、僕の方が子どもたちに気づかされることもあります。

だから、僕が練習をデザインする目的は、子どもたちを自分の思い通りに動かすことではありません。

あくまで、きっかけを仕込む。

そのきっかけを子どもたちがどう拾うのかは、子どもたちに委ねる。

僕はコーチであり、練習のデザイナー。

練習が始まる前にいろいろ考えて、ちょっとした「隠し味」を仕込んでおく。

そしてグラウンドに立ったら、

「今日は、どんなものが出てくるかな」

と待ってみる。

17年間指導を続けていても、毎回同じ答えにはなりません。

だからこそ、

今日も練習が始まるのが、楽しみなんだと思います。

僕たちが目指しているのは、コーチの言う通りに動ける選手ではありません。

自分で見て、自分で考えて、自分で判断できる選手。

そして、自分なりのアイデアを持ってプレーできる選手です。


コーチの僕と、父の僕

第1話では、サッカーコーチなのに我が子にはサッカーを教えない、という話を書きました。

第2話では、

「もっとやらせる」より、「もっとやりたくなる」。

という話を書きました。

今回、自分の指導について改めて考えてみると、根っこは同じなのだと思います。

家では、父親として環境をつくる。

グラウンドでは、コーチとして練習をデザインする。

大人が子どもを上手くするのではなく、
子ども自身が上手くなっていく。

そのためのきっかけをつくる。

夢中になれる環境をつくる。

そして、ときには答えを言わずに待つ。

「育てる」より、「育っていく」。

コーチの僕と、父の僕。

今回は、そんな「コーチの僕」の話でした。


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