🏃♀️第1話 【災害支援はリレーである】なぜ自衛隊は行けるのに、私たちは「今は来ないで」と言われるのか?
大きな災害が起きる。
テレビには、倒壊した家屋や、寸断された道路が映し出される。
消防隊員が走っている。
警察官が行方不明者を捜している。
そして、自衛隊の車両が次々と被災地へ入っていく。
そんな映像を見ながら、私はふと思った。
私
「ソクラ。」
「最近では、自衛隊はウルトラ救助隊みたいなイメージがあるけど、どうしてあんなにすぐ動けるんだろう?」
「本来は国を守る“防衛の戦う組織”なのに、災害が起きると人を助けるために真っ先に動くことができる。」
「戦う力を持っているはずの組織が、どうして“人を救う力”としても動けるんだろう?」
ソクラ
「いいところに気づいたな。」
「その違和感は、とても本質的だ。」
私
「うん。でも同時に思うんだ。」
「ボランティアの場合は逆に、『今は被災地に来ないでください』と言われることがある。」
「同じように人を助けたいのに、この違いは何だろう?」
ソクラは少し考えて答えた。
ソクラ
「おそらく、重要なのは善意の大きさではない。」
「被災地で、自分たちだけでも活動を続けられる能力があるかどうかだ。」
助けに行った人が、助けられる人になってしまう
ソクラ
災害が起きた直後の被災地では、私たちが普段当たり前に使っているものが、当たり前ではなくなる。
水が出ない。
電気がつかない。
ガソリンがない。
コンビニに商品がない。
道路が通れない。
スマートフォンもつながりにくい。
トイレさえ使えないことがある。
そんな場所へ、
「何か手伝いたい」
という気持ちだけで向かったら、どうなるだろう。
現地で水を飲む。
食料を買う。
トイレを使う。
ガソリンを入れる。
泊まる場所を探す。
当然、人間だから必要になる。
しかし、その水も、食料も、燃料も、道路も、本来は被災した人や救援活動に必要なものかもしれない。
私
「つまり、助けに行ったはずなのに、自分が被災地の資源を使う人になってしまうのか。」
ソクラ
「そういうことも起こり得る。」
「善意が悪いのではない。」
「善意を支える準備が必要なんだ。」
自衛隊が持ってくるのは「人」だけではない
ソクラ
では、自衛隊は何が違うのだろう。
自衛隊が災害派遣で持ち込むものは、人員だけではない。
車両。
航空機。
通信手段。
給水設備。
炊事設備。
発電機。
照明。
テントなどの宿営設備。
医療や衛生に関する装備。
そして、大量の物資を運ぶ輸送能力。
もちろん、自衛隊だけですべてが完結するわけではない。
自治体や消防、警察、医療機関、民間事業者などとの連携が不可欠だ。
しかし、自衛隊はもともと、普段の社会インフラが十分に使えない環境でも、大人数を組織として展開し、一定期間活動を継続する能力を持っている。
私
私はそこで、あることに気づいた。
「自衛隊は、人を連れて行くだけじゃないんだ。」
「人が活動するために必要な仕組みそのものを持っていくんだね。」
ソクラ
「そう考えると分かりやすい。」
災害現場は「戦地」に近い状況ではないか?
私は少し乱暴な言葉を使った。
私
「災害現場って、ある意味では戦地に似ているのかな?」
ソクラ
「戦地と災害現場は、もちろん同じではない。」
「ただし、一つ共通するところはある。」
道路が壊れる。
通信が途絶える。
電気が止まる。
水道が使えない。
物流が止まる。
怪我人が多くいる。
つまり、
普段の社会を支えているインフラが失われた場所でも活動しなければならない。
そのような環境へ大規模な人員と装備を送り込み、活動を継続する能力を持っていること。
そこに、自衛隊の大きな特徴があるのだろう。
では、消防と警察は自衛隊より劣るのか?
ここで、もう一つ疑問が生まれる。
災害現場には消防もいる。
警察もいる。
では、自衛隊の方が優れているということなのだろうか。
もちろん、そんな単純な話ではない。
消防は、消火・救急・救助の専門家だ。
警察は、救助や捜索、交通整理、治安維持、身元確認など、災害時にも重要な役割を担う。
そして消防や警察にも、大規模災害に対応するための広域応援の仕組みがある。
私
「つまり、誰が一番強いか、という話ではないんだね。」
ソクラ
「そうだ。」
「そもそも役割が違う。」
火災が起きれば消防が必要になる。
行方不明者を捜すには、警察の力も必要になる。
大規模な輸送や給水、長期間にわたる組織的な支援では、
自衛隊の能力が生きる。
そして、医療従事者には医療従事者の役割がある。
自治体には自治体の役割がある。
誰か一つの組織だけで、大災害に対応するわけではない。
そして、ボランティアにも役割がある
私
では、ボランティアはあまり必要ないのだろうか?
ソクラ
むしろ逆だ。
泥をかき出す。
家財を運び出す。
物資を整理する。
避難所を手伝う。
被災した人の生活再建を支える。
災害から時間が経つほど、こうした力が必要になってくる。
ただし、大切なのは、
「いつ行くか」
なのだと思う。
発災直後。
道路も壊れ、救急車や消防車、自衛隊車両が走り回っている時に、何の準備もない一般車両が大量に入れば、救援活動を妨げてしまう可能性がある。
だから自治体や災害ボランティアセンターなどが、
「まだ来ないでください」
と呼びかけることがある。
それは、
「あなたの善意はいりません」
という意味ではない。
「まだ、あなたが走る区間ではありません」
という意味なのかもしれない。
災害支援は、リレーなのかもしれない
ここまで考えて、私は一つの言葉を思いついた。
私
「ソクラ。」
「災害支援って、リレーみたいだね。」
ソクラ
「リレー?」
私
「うん。」
「全員が同時に走るんじゃない。」
発災直後には、消防や警察が走る。
自衛隊が大規模な人員や装備を持って入る。
医療関係者が命をつなぐ。
自治体が避難生活や復旧を支える。
そして受け入れ体制が整えば、ボランティアが走り始める。
さらにその後には、生活再建を支える人たちがいる。
誰か一人が、スタートからゴールまで走るのではない。
それぞれが、自分の得意な区間を走る。
そして、
次の人へバトンを渡す。
リレーには「待つ時間」もある
ここで、もう一つ大切なことに気づく。
リレーの次の走者は、前の走者が来るまで走らない。
スタート地点から勝手に飛び出したら、リレーにならない。
災害支援も同じなのかもしれない。
「助けたい。」
そう思っても、すぐ現地へ行かない。
受け入れ体制ができるまで待つ。
必要な物資が分かるまで、勝手に送らない。
正しい情報を確認する。
一見すると、何もしていないように見える。
しかし、
待つことは、無関心ではない。
自分の区間が来るまで待つことも、リレーの一部なのだ。
善意にも、順番がある
災害が起きた時、
「何かしなければ」
と思う気持ちは、とても大切だ。
しかし、
助けるとは、必ずしも現地へ行くことではない。
そして支援とは、自分が何を与えられるかだけを考えることでもない。
自分が行くことで、現地から何を消費してしまうのか。
そこまで考えることが、支援なのだと思う。
消防には、消防の区間がある。
警察には、警察の区間がある。
自衛隊には、自衛隊の区間がある。
医療には、医療の区間がある。
そして、
私たち一般の人間にも、走れる区間がある。
ただ、
その区間は、みんな同じではない。
災害支援は、競争ではない。
誰が一番多く助けたかを競うものでもない。
災害支援は、リレーである。
大切なのは、自分だけでゴールまで走ろうとすることではない。
今、誰が走るべきなのかを考え、
自分の番が来たら走り、
そして次の人へ、
きちんとバトンを渡すことなのかもしれない。
第1話 【災害支援はリレーである】
第2話【支援物資は、届いただけでは『届いた』ことにならない】
第3話【情報のリレー「伝えた」と「伝わった」は違う】
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