【拝啓文芸部】未来からの手紙~昨日の私へ
いつ頃からだろう?
毎朝、目を覚ますと、机の上に一枚のメモが置かれるようになった。
『昨日の私へ』
筆跡は、どう見ても自分のものだ。
そこには、これから起こる一日の「注意事項」が、淡々と書かれている。
『社会科のプリントを忘れる。カバンを確認すること』
『先生は機嫌が悪い。話しかけるな』
『ユイは放課後のカラオケをすっぽかす。期待するな』
忘れ物も、気まずい空気も、がっかりする約束も、手紙が先に教えてくれる。
そのおかげで、私は毎日、失敗をうまく避けられた。
ただ、ひとつだけ。
本当に知りたいことは、いつも書かれていなかった。
同じクラスの佐々木くんに、いつ告白すべきか。
手紙の末尾には、決まって同じ一行が添えられていた。
『告白のタイミングは、昨日じゃなかったね』
そっか……。
季節が変わるにつれ、手紙の調子も少しずつ変わっていった。
注意事項というより、ケガのあとに貼る絆創膏みたいな慰めが増えた。
『英語の小テスト、難しかったね。でも、満点なんて取ったら目立って損』
『部活のレギュラーから落ちたのは想定内。まあ、そこまで気にするほどのことでもない』
でも、読むたびに、少しだけ気が楽になった。
私は失敗を先に知っている。
だから傷つかなくて済むのだ。
そんなある日、いつものように机の上の手紙を開いた瞬間、心が踊った。
『昨日はおめでとう! ナイスタイミング』
今日だ。今日が告白すべき日なんだ。
放課後。夕暮れの教室で、私は意を決して佐々木くんに思いを伝えた。
震える声を絞り出し、まっすぐに彼の目を見つめて……。
「……ごめん。気持ちは嬉しいけど、付き合えない」
「……え?」
嘘……こんなの、手紙に書いてなかった……。
足元から世界が崩れ落ちていく感覚。
私はその場で膝をつき、そのまま意識を失った。
「……気分はどう?」
保健医の声で目を覚ますと、白い天井が見えた。
カーテンの向こうには、夕焼けが滲んでいる。
枕元には、折りたたまれた一枚のメモが置かれていた。
『昨日はおめでとう! ナイスタイミング』
私はそれを見つめた。
見覚えのある、自分の筆跡。
そっか……。
本当は知っていたんだ。
未来からの手紙なんて、最初からなかったことを。
忘れ物をした日は、明日の私への注意事項を書く。
誰かに傷つけられた日は、慰めの言葉を書く。
そして、何もできなかった日は――
『昨日じゃなかったね』
そう書いて、自分を許したふりをしていた。
私はメモを握りしめた。
そこに書かれていたのは未来ではなかった。
告白する勇気のない自分が、
昨日の自分に残した、ただの言い訳だった。
