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百舌鳥・古市古墳群といちぢく

    大阪府羽曳野市。

    近畿日本鉄道の「古市」駅と「喜志」駅間には、人類史上最古の栽培果実とされているイチヂクの畑が広がる。

    一駅だが10分間開かない扉の向こうには、低木が幹を伸ばしながら整列している景色を堪能できる。

    さて、このイチヂク畑の背景には、巨大な前方後円墳が鎮座しているのをしかと見られる。

    こちらの陵墓は誉田御廟山古墳と呼ばれる応神天皇陵だ。

    ここ、羽曳野市は堺市から連なる「百舌鳥・古市古墳群」である。

    堺市には、日本で一番大きな前方後円墳とされる大仙陵古墳こと仁徳天皇陵が御座す(おわす)。 

    その第十六代仁徳天皇の父親が、第十五代応神天皇である。

    先に執筆したが国内で一番大きな前方後円墳は大仙陵古墳だとされているが、長さでなく体積から見れば、実は誉田御廟山古墳が一番大きいのだ。 

     そんな由緒ある土地にいにしえから人間が栽培したイチヂクの畑が、誉田御廟山古墳周囲に広がるというのは、いみじくも悠久の歴史をより深々(ふかぶか)と感じることが叶う。

    そしてもう一つイチヂクと同じぐらい歴史のいぶきを感じられる産業が、この「百舌鳥・古市古墳群」の中間地点に見受けられる。

    古事記の「天照大神(アマテラスオオミカミ)」と「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」の「宇氣比(うけい)」(誓いとも記(しる)される)で、「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」から生まれた五柱の神様の中に、「天津彦根命(アマツヒコネノミコト)」がいらっしゃる。

    こちらの「天津彦根命(アマツヒコネノミコト)」は製鉄の神様である。

    「百舌鳥・古市古墳群」の中間地である、堺市美原区黒山の黒姫山古墳周辺には、「天津彦根命(アマツヒコネノミコト)」の影響が及ぶように、鐘楼の日本国内シェアが90パーセントと、大和製鉄には何らかの関連があるのではないかと思われる産業が根付いている。

    たたら製鉄と言えば、出雲国のイメージが強いが、実は、大和製鉄のほうが古いといった研究発表も見受けられる。

    そして巨大な前方後円墳である黒姫山古墳は明らかに大和朝廷の配下にあったことを物語っている。

    「百舌鳥・古市古墳群」の中間にある堺市美原区黒山は神社仏閣もあちらこちらに存在し「丹」の字を関する土地が多い。

    恐らく硫化水銀鉱つまり辰砂や鉛が流通していたと考えられる。

    その辰砂の朱色による魔除けの効果や、水銀と鉛両方共に不老不死の霊力があるとされたいにしえに於いて、これらの加工を担っていたことは、大和朝廷から絶大な信頼を得ていたと思われる。

    大和製鉄により鐘楼の90パーセントを鋳造していたことからも、奈良県は元より日本全国の寺院に梵鐘は納品された。

    みはら歴史資料館では、その加工でどれほどの火力をこの土地では操っていたかを学ぶことができる。

    そのような土地に連なる南河内郡には、王陵の谷があり、推古天皇陵や聖徳太子御廟もある。

    そして、冒頭に記したイチヂクがたわわに実り、近つ飛鳥としての繁栄が手に取るように空想することが叶うのだ。

    父の友人が古市の誉田御廟山古墳の近くで農家をしていたから、春には大きく甘い苺と、夏には先程来書いている立派なイチヂク、秋にはぶどうや柿を毎年頂いた。

     そのイチヂクは皮を向くと、じわりと乳が滴る。

    半分に割れば、中(なか)は真っ赤に熟れていて、上品な甘さが口いっぱいに広がる。

    子供時代に頂いたこのイチヂクを今は手に入れる(いれる)ことはできないのが非常に残念である。

    古代からの陵墓守護の仕事、農業、製鉄といった土地柄故、資金が潤沢だったからこそ、歴史遺産も充分に現代へ引き継がれているのだろう。

    「百舌鳥・古市古墳群」は世界遺産に認定され、堺市百舌鳥と羽曳野市古市のピンポイントだけ取り沙汰されるが、実は周辺地域にこそいにしえのいぶきがたっぷりと味わえることを伝えたい。