柴垣神社の歯神社と桜の新緑
新緑に漲るパワー。
唐突に書き始めるが、それを感じずにはいられない気持ちを、今、抱いていることを冒頭で先ず記(しる)したい。
「柴垣神社」は、漢風諡号(かんぷうしごう)が「反正天皇」こと「瑞歯別命(ミズハワケノミコト)」の離宮跡である。
大阪府松原市に御座す(おわす)その「柴垣神社」内には立派な桜の木々が多く、花の見頃には境内の外にある濠からでも、この麗しい花を臨める。
外濠を目掛け枝垂れており、花弁はヒラヒラと、「柴垣神社」の壁から表を走る道路へも、踊るようにクルクルと駆け抜けて行く。
また、これだけの木々があるのだから、秋の紅葉も誠に優雅だ。
しかし私は、この神社に限り、桜の新緑の時期を最も愛しているのである。
それは、伊勢神宮にも伝えられる「常若(とこわか)」を感じられるからだ。
さて、ここ「柴垣神社」には、日本国内では珍しい歯の神様のお社(やしろ)があり、「瑞歯別命(ミズハワケノミコト)」の歯の字に因むからか、いにしえより神社の境内に鎮座されている。
その名も「歯神社」である。
「ベーチェット病」で口中のトラブルが子供時代から多かった私は、翁が長い顎髭をたくわえた口をうっすら開き、美しい歯を「にいっ」と見せる石碑に、毎年、新緑を見がてら、小さな太鼓橋を渡り、手を合わせに行ったものだ。
今でこそ参道は廃れてしまったが、四半世紀前までは随分と活気があった。
祭りや縁日に限らず、道端には、たこ焼き屋さんなどの商店が立ち並び、昔懐かしい銭湯も脇にあった。
毎年10月9日、境内で奉納相撲をするからか、参道だけに限らず、近くには銭湯があったのを思い出す。
今では近隣にあった5件の銭湯の内、たった1件しか残っていないのが寂しい。
しかし、その銭湯には、ちょん髷に浴衣姿の力士の出入りを現在でも、奉納相撲の時期になれば見受けられる。
3月の大阪場所が開催される時も、市内に宿舎が設けられるから、その銭湯に出入りする力士は結構多い。
そして神社の新緑の時期にも、相撲の行事や神事があるのだろうか、爽やかな風にいざなわれるかのごとく、力士の新人さんをたくさん町中で見掛ける。
子供達がこの時を楽しみにしているのは、大きなお相撲さんに暫し時間を許して頂き、神社の横にある広場で相手をしてもらえるからだ。
この広場はまさに奉納相撲の土俵が作られる場所である。
また、この神社は伊勢大神楽講社の宿泊所にもなる為、これを執筆している2025年11月22日現在は、ここを拠点として大阪府松原市から堺市美原区の民家や大小様々な神社にも獅子舞の奉納の最終に巡られており、紅葉の見頃も相俟り(あいまり)、観光客で賑わっている。
四季を通して「柴垣神社」では行事があり、参拝の度に違う景色と会える。
しかし「歯神社」の石に刻まれた翁の髭だけは年中変わらず、絵馬の形の御影石では、翁が穏やかに歯を見せ続けている。
その境内の新緑は5月のゴールデンウィークあけが最も目に鮮やかであり、お参りにうってつけと感じるのだ。
大概は桜と紅葉のシーズンか、夏祭り、秋祭り、除夜の鐘とお正月の初詣、大とんど祭、節分祭、二の午(にのうま)に足は向かいがちだが、それ以外の時に参るなら新緑時分がおすすめである。
仁徳天皇の子である反正天皇。
その離宮跡。
百舌鳥・古市古墳群のちょうど中間地点にある。
江戸時代には、かの有名な井原西鶴氏が再三再四に渡り参拝されている。
その境内にある「歯神社」。
是非とも、このような歴史に興味がある方には、一度新緑の季節に参拝することをおすすめする。
緑に宿る命の永続にあやかり、歯を大切にして長寿を祈願すると良いと思うところだ。
ただし、歯のお祭りは8月8日であることは予めお断りしておくとする。
従って、歯のお祭りに参加なさりたい方は一回でなく、複数回足を運んでもらいたい。
