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優しさと正しさ

 友人の悩みを聞いている時、私は頭の中で「今、この人に必要なのは優しさか正しさか」ということを考えている。
もっと言うなら「今、どちらを優先した方が友人のためになるのか」を考えながら聞いている。
 もちろんすぐに解決策を見つけて、それを伝えて友人が納得すれば、そこまで深く考える必要はない。だけど、悩み相談で瞬時に解決できる名案が浮かぶことはほぼない。
時間をかけてその悩み事をかみ砕いて、細分化し、考え、何かしらの答えを絞り出すことの方が多い。
こういう時は「正しさ」を出すことなく、共感することや話をとことん最後まで聞くという「優しさ」を優先している。

 こういうことは、家族に対してはあまりしなくて、「優しさ」より「正しさ」を前面に出すことが多い。友人と家族では関係性や距離感が違うから当然なのかもしれない。

でも最近は、友人に対してもっとはっきりと「正しさ」を伝えたり、家族に対してはもっと「優しさ」を前面に出してもいいのではないかと思うようになった。

これは、これまでの私の思考の癖や思い込みが関係しているのかもしれない。そもそも私の中には 友人=優しさ100% 家族=正しさ100% が基本にあり、それはそれでいいと思っていた。でも最近になって、何か違和感を感じるようになった。その違和感の正体は未だにわからないが、何か変えなければと思った。
そこで、この思い込みを取っ払い、もっと柔軟に考えるようにした。

友人の悩み事を聞いて 優しさ80% 正しさ20% で返答してみる。
友人は、私の返答に変化を感じられなかったかもしれない。でも私は、すべての言葉に気を遣うよりも、傷つけるかもしれないけど自分の思ったことを言葉にして伝えられたことで少し気が楽になった。

一方、家族に対しては、正しさ80% 優しさ20%にしてみてもあまり反応は変わらない。わかりにくかったのかと、思い切って正しさ50% 優しさ50%で伝えてみたら相手は「どうしたの?」という表情になっていた。近すぎる距離感だと、どの割合がいいのか見極めるのが難しい。
私としては、半々の割合で言葉を伝えることは、少し恥ずかしさを感じた。だけど、お互いに慣れてくると今までとは違った新たな関係性が築けるかもしれないという期待がもてた。なので、しばらく続けてみようと思う。

 ふだん何気なくしている会話の中で「優しさ」と「正しさ」を意識するだけで、自分の中の感情がこんなにも揺れ動くものなのかと、びっくりしている。でも知れてよかったと思う。
 ふと感じた違和感や疑問をすぐになかったことにしないで、何に違和感を感じたのか、この疑問は何だろうと考えることで、知らなかった自分の感情との出会うことができた。
自分以外、誰にもわからないことだけど、まだ知らない感情の出会いをこれからも大切にしていきたいと思う。

#友人と家族 #柔軟に考える #意識すること #感情との出会い


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