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拘置所で食事抜きにされ、監視カメラ付きの単独室に転房させられた被告人の話。

拘置所の単独室はテレビが設置されていないだけで、刑務所の単独室とほぼ変わらないレイアウトになっています。「三畳+トイレ&洗面台」といった感じです。社会復帰促進センターの単独室はまた違うのですが(ベッドがあったり、机や椅子があったりします)、一般的な刑務所の単独室と拘置所の単独室はほぼ同じような造りになっています。

被告人として拘置所に収容されている場合、被告人はまだ有罪と決まったわけではないので(「未決」といいます)、可能な限り一般の人と変わらないような扱いを受ける必要があります。しかし現実は、一般人に近いどころか、むしろ受刑者の舎房での生活とそう変わらないような状況です。自弁や差し入れで、お菓子やその他食料品をある程度自由に購入できるという点は刑務所とは大違いなのですが、言ってしまえばそれだけです。刑務所に入るとほぼ全員が甘味に飢えるので、拘置所ではその点で困ることはないとはいえ、日常の在り方はもうほぼ刑務所の単独室と変わりません。テレビがないために、むしろ拘置所生活の方がキツいという被収容者も多いのが実情です。読書をし続けるか、ラジオを聴くかしか娯楽がありません。拘置所にもよりますが、ラジオのチャンネルを自分で自由に変えられない拘置所も多く存在しています。お金を持っていれば、お菓子やその他食料品、本や雑誌や新聞をマックスまで購入して、それなりに楽な生活を送ることもできますが、お金がない人(「ゼロセン」などといったりします)は、終日ただただ、ボーーッとするしか手がないので、精神的に本当に追い込まれます。「拘置所にいるぐらいなら、早く刑務所に行きたい」と言う人も多く存在するのです。

拘置所の刑務官は緩かったりキツかったり様々な人がいます。親身になって被告人のことを考えている人から、被告人のことを「こいつら」としか考えず、ゴミのように扱う刑務官もいます。

初めて拘置所に入った被告人の話ですが、その被告人は、拘置所という特殊な環境や、自分の犯した罪の大きさ、そして裁判や刑務所への収容を始めとする現在及び未来への不安により、精神的に参ってしまいました。そんな中で、パニックに陥り、解離状態になってしまいました。解離した状態で、居室から廊下に向かって物を投げつけたり、気を失って痙攣するような状態になってしまいました。

拘置所側もさすがに見過ごすことができず、拘置所内の医師の診察を受けさせることにしました。
その被告人は、あったこと思ったことを医師に伝えました。しかし医師からは「解離した人格も君でしかないからね」という、取りようによっては意味深なことしか言わずに、ごく短時間で、その被告人を舎房に返しました。

そんな「騒ぎ」があったことにより、その被告人はその舎房を担当をする刑務官に鬱陶しがられ、端的に嫌われました。

その日の夕食の時間になり、衛生夫が食事を台車に載せて運んでくるその後ろを、その担当刑務官が様々な者を見張りながら歩いてきました。
衛生夫がその被告人の居室の食器口に食事を入れようとしたときに、担当刑務官は一言、「こいつには飯なんてやらんでええぞ!」と言い放ったのです。衛生夫は「え?」と聞き返したのですが、担当刑務官は、「はよ次の部屋へ行け」といった感じで、衛生夫を促したのでした。

夕食をもらえなかったその被告人は、後日、他の刑務官に事情を話し、夕食抜きにした刑務官の名前を訊きました。しかし別の刑務官は「それは言われへん」と一言述べて去って行きました。

昨年から刑務所などで、刑務官のことを「先生」と呼ばせることをやめ、「職員さん」「担当さん」などと呼ぶようになりました。今までは刑務官のことを「先生」と呼ばせるように、主に刑務所の新入(しんにゅう)訓練などで指導されていました(わざわざの「指導」はなくとも「慣例」や「圧力」により、そう呼ばせる刑務所もあります)。この「刑務官の『先生』呼び」は、刑務官にとって非常に都合がいい仕組みであったことも確実です。

先述したケースでも、夕飯を与えなかった刑務官の名前が分からずじまいだったのは、刑務官どうしでも互いを「先生」と呼び合うことにより、受刑者に名前を知られないようにしていたからです。それにより、受刑者からの苦情・訴訟等のリスクを最小限にすることができるというわけなのです。その意味では「職員さん」「担当さん」と呼ばせることも同様の効果を持つので、この点については全く意味がありません。

被告人という未決の者の対応をする拘置所という場所ですら、このような低レベルかつ極めて悪質な刑務官や仕組みが存在するのです。

先ほど述べた被告人は、その後、天井に設置されたカメラで、24時間監視される単独室に転房させられました。そのような居室に入れられていた期間も、かなりの長期に渡りました。

刑務所や拘置所は、小手先の改革では到底間に合わないほどに人権が侵害されやすい場所です。制度の改革も大切ですが、職員の凝り固まった意識をこそ改革しなければ話になりません。この6月から、懲役刑と禁固刑が一本化されて「拘禁刑」という形になります。ここからの変化も、小手先ではない、職員の意識改革を大前提とした、抜本的な改革が行われなければなりません。そうでなければ、どんな立派な制度改革がなされても、それは「絵に描いた餅」でしかなくなるからです。



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