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ご縁には、タイミングがある

先日、メールを整理していると、幅狭鍵盤(Narrow Key Piano)の広告が目に入りました。

その広告を見た瞬間、少し懐かしい気持ちになりました。

実は私は、このピアノをずっと欲しいと思っていた時期がありました。

今から二年ほど前のことです。

家の近くで展示会が開かれ、試弾できる機会がありました。

私はすぐに予約を入れ、楽しみにしながら会場へ向かいました。

手の小さな私にとって、幅狭鍵盤は長年の憧れでした。

オクターブがもう少し楽に届いたら。

あの曲のあの部分が弾けたら。

そんな思いを抱きながら、試弾の日を迎えたのです。

ところが、実際に弾いてみると予想外の気持ちになりました。

確かに標準サイズの鍵盤よりは弾きやすい。

でも、思っていたほどではありませんでした。

「これなら絶対に欲しい!」

という感動もありません。

価格も高価でした。

電子楽器なので、いつか故障するかもしれない。

鍵盤の重さもアコースティックピアノとは違います。

そんなことを考えているうちに、購入したいという気持ちは少しずつ消えていきました。

そして私は、そのピアノを見送ることにしたのです。

それから時間が過ぎました。

その間に私は手術を受け、抗がん剤治療も経験しました。

病気と向き合う日々の中で、以前とは少し違う考え方をするようになったのかもしれません。

ある日、再び幅狭鍵盤の広告メールが届きました。

二年前なら見送っていたはずなのに、その時の私は自然と注文していました。

「自分へのご褒美かな」

そんな気持ちだったように思います。

注文してから届くまで、およそ十か月。

待ちに待った幅狭鍵盤が我が家にやって来ました。

届いたその日、私はさっそく弾いてみました。

憧れていた曲を何曲も完成させたわけではありません。

ほんの短いフレーズを弾いただけです。

でも、それで十分でした。

「ああ、弾けた。」

その小さな満足感が、思っていた以上に嬉しかったのです。

実際に比べてみると、その差はほんのわずかです。

けれど、そのわずかな違いが、手の小さな私には大きな違いでした。


【標準サイズの鍵盤に手を置いた写真】



【Athena幅狭鍵盤に手を置いた写真】

オクターブが突然簡単になるわけではありません。

それでも、指を広げた時の感覚が少し違う。

その「少し」が、私にとっては大きな意味を持っていました。

不思議なものです。

二年前には必要ないと思ったものを、今は心から買って良かったと思っています。

そして今では、娘も遊びながら使っています。

さらに、レッスンで生徒たちにオクターブを教える時にも役立っています。

自分のために買ったはずのピアノが、教室の中でも活躍しているのです。

人生には不思議なご縁があります。

欲しいと思っていても、その時には手に入らないもの。

手に入る機会があっても、なぜか選ばないもの。

でも、時間が経ってから再び巡り会うことがあります。

きっと、その時にはまだ早かったのでしょう。

そして今が、そのタイミングだったのでしょう。

二年前の私には必要なかった。

でも今の私には必要だった。

同じピアノなのに、そう思えるのが不思議です。

もしかすると変わったのはピアノではなく、私の方だったのかもしれません。

幅狭鍵盤を見るたびに思います。

人との出会いにも、仕事にも、そして物との出会いにも、それぞれのタイミングがあるのだと。

二年前には見送ったこのピアノも、今の私には必要な出会いだったようです。

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