「稼いだお金を何に使いたいですか?」と聞かれて、やっとわかったこと
クラウドワークス経由だったり、交流会で知り合った人だったり、あとから「一度Zoomでお話しませんか?」と言われることがある。
最初は普通の情報交換っぽい空気だったのに、話しているうちに、なんとなくわかる瞬間がある。
あ、これ、もしかしてスクール勧誘か、儲け話の流れかもしれないな、という瞬間だ。
そういう時、かなりの確率で出てくる質問がある。
「いくら稼ぎたいですか?」
「稼いだお金を何に使いたいですか?」
これを聞かれた瞬間、私は毎回ちょっと冷める。
はいはい、その流れね、と思う。
なんというか、その質問が悪いというより、そこに続く会話がだいたい見えてしまうのだ。
もっと自由に働けますよ、とか。
今のままじゃもったいないですよ、とか。
理想の未来を手に入れたくないですか、とか。
もちろん、お金を稼ぎたいと思うこと自体は全然悪くない。
むしろ、ちゃんと稼げるようになりたいと思っている。
でも、その質問があまりにも“テンプレ”として投げられると、急にこちらの人生まで営業トークの材料にされたような気持ちになる。
だから私は、その質問が出た瞬間に、だいたい心のシャッターを下ろしてしまう。
だけれども、あまりにも何度も何度も聞かれているうちに、逆に一回ちゃんと考えてみたくなった。
私は、もしお金を稼げるようになったら、何に使いたいんだろう。
家がほしい、とか。
犬や猫と暮らしたい、とか。
防音室がほしい、とか。
そういう、わかりやすい夢もある。
でも、もう少し考えてみた時に、私の中から出てきたのは、もっと地味で、もっと生活に近い願いだった。
例えば、スーパーで値段だけを見て、いちばん安いものを選ぶんじゃなくて、今日はこれが美味しそうだからこれにしよう、と思って買えること。
ニトリやIKEAが悪いとかではなく(むしろ好きです。いつもお世話になってます)、それとは別に、「この作家さんの器が好きだから、この人のものを買いたい」と思った時に、値札を見て諦めなくていいこと。
生産者さんのことを知って、こういう考え方で作られているものなんだと納得した上で、それにちゃんとお金を払えること。
たぶん私は、ブランド物をポンポン買いたいわけじゃない。
“高いものを持っている自分”になりたいわけでもない。
そうじゃなくて、私は、自分がいいと思ったものに対して、ちゃんと「いいですね」と言えるようにお金を使いたいのだと思う。
値段だけで選び続ける生活って、じわじわ心が痩せる。
もちろん、現実には予算もあるし、生活費もあるし、なんでも好きなように買えるわけじゃない。
だから普段の買い物で価格を見るのは当たり前だ。
でも、その“当たり前”がずっと続くと、自分が本当は何を好きなのか、何に惹かれるのか、少しずつ鈍くなっていく気がする。
安いからこれ。
とりあえずこれ。
今の自分にはこれで十分。
そうやって選ぶものが増えると、生活そのものが少しずつ“間に合わせ”になっていく。
私はたぶん、それが嫌なんだと思う。
別に、毎日特別なものに囲まれて暮らしたいわけじゃない。
ホテルみたいな家に住みたいとか、最新の家電を全部揃えたいとか、そういうことでもない。
ただ、自分の生活の中にあるものを、自分の感覚で選べるようになりたい。
この野菜、美味しそうだな。
このお店、考え方が好きだな。
この器、ちょっと高いけど、長く使いたいな。
この人の作るものを応援したいな。
そういうふうに思った時に、「いや、無理か」で終わらずに済む生活がしたい。
たぶんそれが、私にとっての“お金がある”ということなんだと思う。
だから、「いくら稼ぎたいですか?」と聞かれても、実はあんまりうまく答えられない。
月にいくら、と数字で言えたほうが、たぶん話としてはわかりやすい。
目標設定としても、そのほうが正しいのかもしれない。
でも私が欲しいのは、数字そのものより、その先にある生活の手触りなんだと思う。
食べたいものを選べること。
好きなものを好きだと認められること。
いいと思った作り手やお店に、ちゃんとお金を払えること。
安さだけじゃなく、納得で選べること。
そういう暮らしがしたい。
そしてたぶん、私はそういう暮らしがしたいからこそ、仕事でも“何をどう売るか”みたいなことに興味があるんだと思う。
ただ安く売れればいい、ただ数が出ればいい、ではなくて、
どう見せたら、そのものの良さがちゃんと伝わるんだろう、とか。
どうしたら、作り手の思いや世界観ごと届くんだろう、とか。
そういうことを考える仕事に惹かれる。
デザインでも、ECでも、ブランディングでも、私が面白いと思うのは、たぶんそこだ。
ものを“盛る”ためではなく、
ちゃんと伝わるように整えること。
必要以上に煽って売るのではなく、
その価値を受け取ってくれる人に届く形にすること。
そういう仕事がしたいし、そういうふうにお金を使いたい。
なんだか遠回りなようだけど、私の中ではこの二つはつながっている。
自分が納得してお金を払いたいと思うから、誰かにも「これ、いいな」と思ってもらえる見せ方に興味がある。
ただ稼ぐことよりも、どう稼ぐか。
ただ使うことよりも、どう使うか。
本当は私は、そこを大事にしたいんだと思う。
だから、あのテンプレみたいな質問に対して、私はずっと違和感があったんだろう。
「何に使いたいですか?」と聞かれても、
その問いの向こうにあるのが、相手の人生や価値観への興味ではなく、営業の導線にしか見えなかったから。
でも、質問そのものは、別に悪くなかった。
むしろ私は、その雑に投げられた質問のおかげで、自分の本音に少しだけ気づけた。
私は、贅沢がしたいわけじゃない。
大金持ちになりたいわけでもない。
ただ、自分がいいと思ったものに、ちゃんとお金を出せる人でいたい。
それは食べ物かもしれないし、器かもしれないし、家具かもしれないし、誰かの作品やサービスかもしれない。
そういう小さな選択を、値段の安さだけで諦めなくていい生活がしたい。
たぶん私は、そのために働きたいのだと思う。
「いくら稼ぎたいですか?」と聞かれるたびに、今でもちょっと身構えてしまう。
でも最近は、前より少しだけ答えられる気がする。
うまく数字では言えないけれど、
私は、自分の生活を、もう少し好きなもので満たせるようになりたい。
そして、自分がいいと思うものや人に、ちゃんと敬意を持ってお金を払えるようになりたい。
それが今の私にとっての、「稼ぎたい理由」なんだと思う。
