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なぜ頑張ってもお金はなくなるのか? お金がないことは私にとってメリットだった!

ライオンズゲート中、集中してセルフヒーリングを行った結果、自分の潜在意識の中で自動的に作動していた面倒臭いプログラム(信念)が明らかになりました。それを書いたのがこちら

この記事では、なぜ私はずっとお金に困り続けているのか、について記していきます。

そんな恥ずかしいことおおっぴらにしたくはないですが(苦笑)
でも、引き寄せでお金持ちになりたい、大金を引き寄せたいと思う勢にとっては、非常に参考になると思うのです。

私はこれまで、何度も「もっとお金が欲しい」と思ってきました。そのために仕事を変えたり、新しいことを勉強したり、資格を取ったり、独立したり、副業を始めたり。それなりに必死で頑張ってきたつもりです。

実際、一時的に収入が増えたり、まとまったお金が入ったりしたこともあります。

ところが、なぜか長続きしません。気づけばまた、お金のことで不安になっている。頑張っても、頑張っても、結局また同じ場所に戻ってくる。

最近はとうとう「どうして私はこんなにお金に困り続けるんだろう?」と、本気で自分の内側を掘り下げるようになりました。

そして今日、ある問いを自分に投げかけてみました。

「お金がないことで、私が得ているメリットって何だろう?」

最初は、そんなものあるわけないと思いました。

お金がないなんて、不自由なだけです。
好きなところへ旅行できない。
美味しいものを気兼ねなく食べられない。
欲しいものを買えない。
住みたい家にも住めない。
将来への不安も大きくなる。

デメリットなら、いくらでも思いつきます。

ところが掘り下げてみたら、あったのです。
しかも私にとって、かなり大きなメリットが。

「お金がなければ、家族から距離を取れる」

というメリットです。

「お金がない」は、昔から私を守ってくれていた

私は実家に帰ることが好きではありません。
これは最近始まったことではなく、ずっと昔からそうでした。
私にとって実家は、ピリピリ張り詰めた自分ばかりが思い出される空間。
ただ頑張ってる記憶しかない場所なんです。だから戻りたくない。

でも、大学生の頃「盆暮れ正月は帰ってくるのが当たり前だ!常識だ!」
と言われていました。
帰っても、安らげるわけでもないし、周りに楽しいものがあるわけでもない。みんなでどこかに行くわけでもない。
ただ帰ってくるのは当たり前だ!と言っているだけ。

学生時代に、「お金がないから帰省できない」ということがありました。
当時はそれを単なる経済的事情だと思っていました。
でも今になって考えてみると、あのとき自分はホッとしていたんです。
そう。「お金がない」は私にとって、とても便利な理由でもあったのです。

「実家に帰りたくないから帰りません」と言う必要がありません。そんなことを言ったら、親を傷つけるかもしれない。親をがっかりさせるかもしれない。理由を聞かれて、さらに面倒なことになるかもしれない。

でも、「帰りたいけれど、お金がないから帰れない」なら仕方ありません。私は悪者にならなくて済みます。

つまり、

お金がない

帰省できない

家族と会わなくて済む

NOと言わなくて済む

親をがっかりさせなくて済む

安全

という仕組みが、かなり昔から成立していたのです。

家族と関わると「義務」が大量発生する

私は長女です。妹が2人いて、それぞれに子どもが2人ずついます。つまり甥と姪が4人います。家族との関係を普通に維持しようとすると、とにかくイベントが多い。

父の日、母の日、敬老の日。妹や甥、姪の誕生日。お正月になればお年玉。クリスマス。入学、卒業、成人、就職、結婚……。

そのたびに私の中では、長女だし「何かしなくてはいけない」という感覚が出てきます。甥や姪に対しても、

「伯母なんだからお小遣いをあげなくてはいけない」
「お祝いをしなくてはいけない」

という信念がありました。「伯母なんだから」「家族なんだから」という理由で、何かをすることを期待されているのではないか。その期待に応えなくてはいけないのではないか。

これが私には、とても重かったのです。
東京で長年フリーランスで頑張っていましたが、バンバンプレゼントを出せるほど余裕があったわけではないのです。むしろ無理して海外取材なんかして、超赤字なんてザラだったのです。

長女で、伯母さんとして、十分なプレゼントを渡せない負い目・・・。
気がつけば私は、15年ほど前から、妹たちの子どもともほぼ完全に距離を取っていました。

距離を取れば、イベントに参加しなくて済む。
お祝いを考えなくて済む。
何かを贈らなくて済む。
そして何より、期待に応えるか、断るかという選択をしなくて済みます。

「実家のことをしないなら、お金くらい出せ」と言われるのが怖かった

もうひとつ、私の中にあった恐れにも気づきました。私は親が苦手なので、実家のことを積極的にやりたいとは思っていません。親とも家族とも距離を置きたい。でも、もし私に十分なお金があると知られたら、

「実家のことを何もしないなら、せめてお金くらい出してよ!」

と思われるのではないか。そんな恐怖がありました。実際にそう言われるかどうかとは別です。重要なのは、私はそうなることを恐れていたということです。すると、お金を持つこと自体に別の意味がくっついてきます。

お金がある。
家族に知られる。
何かを期待される。
お金を出すことを要求される。
私は出したくない。
でも断ったら、「薄情」「ケチ」「自分のことしか考えていない」と思われるかもしれない。
家族をがっかりさせてしまう。

それなら、

最初からお金がなければいい。
お金がなければ「出さない」のではなく、「出せない」になります。

これは大きな違いです。
「私は出しません」とNOを言わなくても、「お金がないので無理です」で済むからです。

母から刷り込まれた「送り主を満足させる義務」

そして今日、もうひとつ大きなことに気づきました。
私は昔から、母親に家族間の礼儀について細かく言われることがありました。

「おめでとうと言いなさい」
「ありがとうと言いなさい」

そんなふうに、家族の間で何かが起きるたび、母親が情報を持ってきて、私に適切な反応を求めるのです。

母は、自分が承認されるために何かを送っていると思われるフシがありました。だから荷物を送ると届いたかどうかが気になり、届いたら「届いたありがとう」と報告することを求めてきました。これが地味にストレスでした・・・。

昔、下の妹がお菓子を送ってくれたことがありました。
私は受け取ってすぐに「ありがとう」と伝えました。実際食べるまでに時間がかかりそうだったこともあり、あまり時間をおくと母親から「ありがとうは言ったのか」とLINEが来るのは目に見えていたので、受け取ってすぐにお礼を伝えたのです。

ところが妹は、それだけでは不満だったようです。母親に「ありがとうしか言わなかった」というようなことを話したらしく、その後、母親から私に、

「もう少し美味しかったとか、何がどうよかったとか、嘘でもいいから言いなさい」

と言われました。

私は衝撃を受けました。「そんなことを言われるために送ってくるなら、もう送ってくれなくていい」と思いました。

そして今日、ようやくそのときの嫌悪感を言語化できました。
私の中には、

「何かを受け取ったら、相手が満足するくらいお礼を返さなくてはいけない」

という信念ができていたのです。

「ありがとう」だけでは足りない。
喜んでみせなくてはいけない。
相手が満足する反応を返さなくてはいけない。
そして何かを受け取った以上、今度はこちらも何かを返さなくてはいけない。

これでは、「受け取ること」が喜びになりません。
「受け取り」のブロックです。

私にとって「受け取る=自由を失う」だった

ここで、いろいろなことが一本につながりました。

私の中では、

受け取る

感謝しなければならない

相手が満足する反応をしなければならない

お返しをしなければならない

相手の期待に応えなければならない

関係を維持しなければならない

自由を失う

というプログラムが動いていたのです。だから私は何かを受け取ることそのものに拒絶反応がある。

「親の愛を受け取りましょう」

と言われても、ずっと違和感がありました。なぜ、望んでもいない形の愛を受け取らなくてはいけないのか。そして受け取ったら今度は、感謝や親孝行や期待への応答を求められるじゃないか。

私にとって「愛を受け取る」という言葉には、そんなものまでセットになっていたのです。無条件じゃないんですね。

それなら拒絶したくなるのも当然です。

私が拒絶していたのは、もしかすると愛そのものではありません。愛という名目で発生する義務や期待、そして自分の自由を奪われる感覚だったのかもしれません。

そして「お金がない=安全」になった

ここまで考えて、ようやく「お金がないことのメリット」がはっきりしました。

お金がなければ、家族に何かを要求されにくい。
お金がなければ、お祝いをしなくて済む。
お金がなければ、実家のためにお金を出せない。
お金がなければ、帰省できない。
お金がなければ、頼られにくい。
お金がなければ、家族との接触を最小限にできる。

つまり私の中では、

「お金がない=家族から距離を取れる=安全」

だったのです。

私はずっと、「お金が欲しい」と思っていました。でも、その一方で、「お金を持ったら、家族との面倒な関係が復活する」とも感じていたのかもしれません。

だったら、お金が欲しい私がアクセルを踏み、お金を持つことを危険だと感じている私がブレーキを踏む。

これでは苦しくて当然です。

「親をがっかりさせてはいけない」というプログラム

そして、これらのさらに上流にあったのが、先日ようやく見つけた、

親をがっかりさせてはいけない

という信念でした。私は親の期待に応えることで、愛情や承認を得ようとしていたのだと思います。

だから、相手から何かを期待されるとNOと言えない。
断ったらがっかりさせる。
がっかりさせたら、悪い人間になったような罪悪感が出る。

だから私は、NOを言う代わりに、「NOと言わなくても済む状況」を必要としていたのかもしれません。

そのひとつが「お金がない」だったのです。

「お金はあります。でも出しません」より、「お金がないから出せません」のほうが、ずっと安全だったのです。

頑張ってもなくなる理由がこじれすぎていた

引き寄せは常に発動していて、目の前の現実が引き寄せの結果だっていうのは十分承知していたんですが、ステージを変えるためにどうしたらいいんだろうってずっと考えていたんです。

それで思い切って本気のセルフヒーリングに着手したんですが、ここまでこじれた原因があったとは、正直衝撃でした(苦笑)

でも、これが分かるかどうかでめちゃ違うと思うんですね。

原因を知らないで、どれだけアファメーションしても無理です。
苦しさが増すだけですから。

自分でも、メリットが判明したときはスッとしたというか、少し肩の荷が下りたような感覚になりました。

これをご覧の方で、どうしてお金を引き寄せられないんだろうと悩んでいる方がいたら、自分がお金を持たないメリットを深掘りしまくってみるといいですよ!

自分、そんなこと考えてたんだ・・・っていう事実が発覚するかもしれません。

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