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【小説・ヴィーナス症候群】[1017]魔女刈り

南海電車のシートに深く腰掛け、竹本柚葉は右肩のジョイントを小さく揺らした。

今日はメルカリで買ったお気に入りのフック義手を着けてのお出かけだ。
「動作確認済み・目立った傷なし」の逸品で、義肢装具士の細やかな手仕事が光る一品。
肩のハーネスにしっくりと馴染む重みが心地よく、うきうきとした高揚感が胸を満たしていた。

……と、そこまで考えて、柚葉はふと我に返った。
(……いや、「お気に入りの義手」って何やねん。お気に入りの靴とか服ちゃうねんから)

心の中でひとりツッコミを入れる。

「つぎはー、なんばー、なんばでごだいますー。お乗り換えのお客様はー……」

ガタゴトと揺れる車内に、相変わらず強烈な和歌山訛りのアナウンスが響く。
紀州路の風をそのまま連れてきたようなのんびりした声を聞きながら、柚葉は足の指先でスマートフォンの画面を軽くスワイプした。
画面の中では、彼女のアバターであるセイレーンの美少女VTuberが、何万人ものリスナーに向けて愛想を振りまいている。

(家の中で画面に向かってる時は『神』扱いされてんのに、現実のウチは堺から心斎橋に髪切りに行くだけで大冒険やな)

生まれつき両腕がない「ヴィーナス児」として育った柚葉にとって、日常の大半は自室のPC前で完結する。
だが、髪の毛のケアだけは妥協できない。ボブヘアーは下手なロングヘアーより髪質が問われる。

なんばで降り、地下鉄に乗り換えて心斎橋のサロンへ。
明るい店内に足を踏み入れ、いつものセット椅子に腰を下ろす。

クロスをかけられる前、目の前の鏡の端に貼られた奇妙なPOPが目に入った。

『ハロウィンは魔女刈りしてみませんか?』

「……なぁ、お兄さん」

担当の美容師がハサミの準備をしながら振り返る。
「なんですか、柚葉さん?」

「その貼り紙、気になってしゃーないんやけど。『魔女刈り』ってどんななん?」

美容師はクスッと笑い、ハサミをシャキシャキと空鳴らしさせた。
「ああ、これですか? まぁちょっと大胆なやつですね。たとえば、パッと見は普通の可愛らしいボブなんですけど、めくったら内側をゴツく刈り上げてるアンダーカットとか。あとは、魔女の鎌みたいに刃先を尖らせた鋭角のアシンメトリーとか……既存のイメージをバッサリ『刈る』っていう趣向です」

柚葉はフック義手の先端をカチャリと鳴らし、自分の重めのボブスタイルを鏡越しに見つめた。
「……いろいろあんねんな」

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