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【小説・ヴィーナス症候群】[844]半導体大仏 〜盗撮男の末路〜

福祉系フリーライターの神俣葵が、その企業名をネットの海で見かけたのは久しぶりのことだった。
――京洛マテリアルズ。かつて京都の福祉法人へ取材に赴いた帰り、駅の階段で自分のスカートの下から盗撮カメラを差し込んできた男。
警察に確保してもらったついでに、盗撮班の心理を事細かに聞き出したのがその会社の部長だった。(本編623

何気なくスクロールしたまとめ記事には、京都の京洛マテリアルズ「資材管理センター」に、産業廃棄物の電子部品をうず高く積み重ね、巨大な大仏を作り上げた男がいるという。
現場の作業員たちから、その男は「部長」というあだ名で呼ばれているらしい。

まさか、という予感は、添付された写真を見た瞬間に確信へと変わった。
無数の基盤やコンデンサの塊の前に呆然と座り込む、泥に汚れた男の横顔。間違いなく、あの時の部長だった。

葵は肝を潰した。まず、あの事件を経てなおクビになっていなかった大会社の闇に驚いたし、何より画面越しに伝わる男の痛々しい変貌ぶりに息を呑んだ。
気がつけば、スマートフォンの予約サイトで京都行きの新幹線を手配していた。

まともな取材目的などない。だが、あの告発という引き金を引き、男をここまで追い詰める原因を作った者として、その成れの果てをこの目で見届けなければならないという、ひどく重い義務感に突き動かされていた。

京都駅から近鉄、京阪、さらにタクシーへと乗り継ぐ。都市の華やかさは次第に削ぎ落とされ、やがて車窓には鴨川と桂川が合流する「佐比の河原」の、荒涼とした景色が広がった。吹きさらしの風が鳴る資材管理センターの敷地内に、確かにあの男はいた。

男は焦点の合わない目で、ハンダ付けされた抵抗器の束を、うずくまるような大仏の胴体へと継ぎ足している。その口元が、微かに動いていた。

〽️一つ積んでは父のため〜 二つ積んでは母のため〜

賽の河原の数え歌を呟く声が川風に消えていく。

一瞬、葵と男の目が真っ直ぐに交わった。
しかし男の瞳には何の光も宿らず、葵を自分を破滅させたライターだと認識する知性すら、すでに失われているようだった。

「ほら、部長! 積むんはええけど、トラックの通り道塞がんといて!」

通りかかった作業員が、呆れたように声をかける。
男は咎められても怒る風でもなく、ただ幼児のように怯えた笑みを浮かべ、再び電子部品の石積みに没頭した。

クビにできない歪な大人の事情が、会社側にあったのだろう。
しかし、己の告発が原点となり、警察や大企業という巨大なシステムに翻弄された結果、正気を失って河原に漂着した一人の男。

メタリックに鈍く光る半導体大仏を見上げながら、葵は「これで良かったのか」と、冷え切った自問を繰り返すしかなかった。

(1115文字)
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