【小説・ヴィーナス症候群】(1023)ピンクの全身タイツ
東京と埼玉の県境に位置する「サイセイ義肢」で着装モデル(トルソーさん)を務める割出結菜は、ガタゴトと揺れる常磐線の車内にいた。
会社と交流のある土浦の「国立先端医工学センター(NCAME)」にお呼ばれしたのだ。
何でも、研究者の桜井が「脳波で動かす画期的な筋電義手」を発明したのだという。
土浦駅で筑波参宮鉄道に乗り換え、西土浦駅で下車。
期待とわずかな不安を胸に桜井のラボへ向かった。
しかし、足を踏み入れたラボで結菜が最初に渡されたのは、薄桃色のぴったりとした全身タイツだった。
「え? 全身タイツ!? どういうことですか!?」
「これはね、僕の個人的な強い思い入れでもあるんだよ」
悪びれもせず微笑む桜井に、結菜は「まあ……お仕事ですし、着ろというなら着ますけど……」と半目で呟き、着替えを済ませた。
義手を外し、全身タイツ姿でたたずむ結菜に、桜井は満足気な笑みを浮かべながらピンクのカツラを被せた。
よく見ると、なんとそのウィッグの毛先は「手の形」になっている。
「こ、これは一体……!?」
「若い結菜ちゃんは知らないだろうけどね。昭和の末頃、つくばで博覧会があったものさ。その頃に『ミームいろいろ夢の旅』というアニメをやっていてね、僕はものすごい感銘を受けたんだ。腕がなくて、髪の毛が手になっているキャラクターでね……」
「はあ……そりゃまた妙ちきりんなキャラで……」

呆れる結菜をよそに、桜井は突然嬉しそうに歌い出した。
「〽️ポケットの中に 飴玉三つ ラララポケット宇宙を飛んでゆく〜 リュリュリュリュリュリュ〜 リュリュリュリュ〜」
陽気に熱唱する研究者を前に、結菜は深い溜め息をついた。
肝心の「脳波で動かす義手」だが、実際に操作してみると難易度は極めて高かった。
これなら以前、このセンター付属の傷痍軍人記念館で試着した戦時中のフック義手の方がまだスムーズに動かせるレベルだ。(本編848話)
そもそも、なぜ肩の筋電ではなく脳波で動かそうと思ったのか。
「桜井さん、別に何もこんな無理な仕組みにしなくても……」
「何も障害者向けに限った技術じゃないんだよ。将来、3本目の手、4本目の手が必要になる人間が現れるかもしれないだろ?」
「いや、だからってなんで髪の毛から生やすんですか……」
「さあ、次は練習だ! リハビリルームに行こう」
「こ、この格好のままで行くんですか!?」
抗議も虚しく、結菜は渋々リハビリルームへと連行された。
部屋に入ると、そこには義肢装具士の平浜優がいた。
頭部からピンクの腕を生やした全身タイツの不審人物を見つめ、優は腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「え!? もしかしてサイセイの結菜ちゃん!? どうしたのその格好!?」
「そう思うよね……優ちゃん……」
状況を察したのか察していないのか、優は速やかに内線電話を手に取り、離れにある傷痍軍人記念館の学芸員・冨手小春を呼び出した。
「小春さん! 呑気に仕事してる場合じゃないです! 今すぐリハビリ室に来てください、すごいのがいます!」
「別に小春さんまで呼ばなくていいのに……!」
数分後、息を切らして駆け込んできた小春は、部屋の中央に立つピンクの物体を見て言葉を失い、目を丸くした。
「え……? これは……一体なに……?」
頭上からピンクの手をゆらゆらと掲げたまま、結菜は力なく苦笑いを浮かべるしかなかった。

