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Vol.54 人間ドックは安すぎる?!高すぎる?!

人間ドックの適正価格は、本来いくらなのか。


前回(Vol.53参照)、検査をてんこ盛りにしたプレミアムドックが、必ずしも一番いい健診とは限らない、というお話をしました。今日はその続きとして、少し別の角度から考えてみます。

「人間ドックは、本来いくらが妥当な値段なのか」。そして「今、私たちがその値段でドックを受けられているのは、どういうことなのか」。値段の話を入り口に、健診の本質に迫ってみます。


人間ドックの「本当の価値」はどこにあるか
まず、ドックの本質的な価値とは何か、をはっきりさせます。前回、人間ドックは全員が受けるべきものではない、ふつうの健診より優れたものではない、という、ちょっと極端なことを書きました。しかし私は、普段、人間ドックの仕事をメインにしています。

「何だお前は、価値のないことをメインに仕事をしているのか」。そう言われるかもしれません。

私は、人間ドックが万人にとって価値のあるものではないと思っています。特に、多くの検査をやみくもに山盛りにするだけで「人間ドック」と称するものについては、よりそう思います。

前回「健診」には明確な定義がないという話を書きましたが、実は「人間ドック」にも明確な定義がありません。一般的には「多くの検査をする」イメージでしょう。そして実際に「普通の健診に、たくさんオプションの検査を足しただけのもの」を人間ドックと称している医療機関も少なくありません。少なくともそれは「法律違反」ではありません。が、私はそれは人間ドックとは言えないと思っています。

では人間ドックの本質とは何でしょうか。

もちろん、まだエビデンスのはっきりしていない、しかし有用性があるかもしれない項目を、任意で、個人に合わせて検査項目にプラスしていく。そこに全く価値がないわけではありません。一部の方にとって、組み立て方によっては、それは大きな利益をもたらす可能性があります。

しかし人間ドックのもう一つの大きな価値は、(受診当日に)専門の医師から直接、結果の説明を受けられることにあります。受診前にも専門職と検査項目などを直接相談できるのであれば、より素晴らしいと思います。検査の結果を正しく解釈するには、その人の年齢や生活、家族歴といった背景を踏まえる必要があります。

同じ「陽性」でも、その人によって意味が全く違う。だから本来は、一人ひとりの話を聞き、価値観を聞き、その人に必要な検査を一緒に選び、出てきた結果を、その人の文脈の中で丁寧に解釈していく。ここまでやって、はじめてドックは本当の意味を持ちます。

しかし残念ながら、そこまでやっている健診施設は、日本にもほとんどないでしょう。


健診は、儲かっているのか
ぜひ知っておいてほしい現実があります。そもそも、医療や健診は、ビジネスとして儲かっているのか、という話です。

まず病院。皆さんご存じの方も多いと思いますが、日本の病院の多くは、利益率がゼロ前後、ところによってはマイナスというのが実情です。これは保険診療という、価格が国によって決められた仕組みの中で運営されているためです。私はこの状況自体、本当にこれでいいのかと思っていますが、それはまた別の話。

では、健診施設はどうか。健診や人間ドックは保険診療ではない(自由診療)ので、病院よりは利益率に余裕があります。ただ——私はこれまで多くの健診施設を見てきましたが、正直なところ、せいぜい利益率は10%前後。20%を超えるような施設は、かなり少数でしょう。これはあくまで私の経験上の実感で、厳密な統計ではありませんが、肌感覚として大きくは外れていないと思います。

一方で、世の中の成長企業や優良企業に目を向ければ、利益率20%、30%、40%といった数字は、決して珍しくありません。個人的な話ですが、私は投資家なので、日々いろんな企業の決算書を読んでいます。投資家としての視点からいえば、私が病院や健診施設に投資をすることは、決してないでしょう。それくらい、病院や健診施設は、正直、ビジネスとしての収益構造はあまりおいしくはありません。

健康というのは、多くの人が「人生でいちばん大事なもの」と口をそろえるものです。その健康を守る最前線にいる医療や健診が、世間の優良企業よりもずっと低い利益率で回っている。この現実を、まず押さえておいてください。


まじめに値段を計算してみる(思考実験)
ここからは、あくまで大ざっぱな思考実験として聞いてください。
今の人間ドックは、結果説明にかける時間が、平均すると5分から10分程度ではないかと思います。ひどいところだと、結果票を送るだけで、結果説明の時間をとっていないところもあります。残念ながらこれは「人間ドック」とは呼ぶべきものではないと思います。

では、さきほど述べた「本当に価値のある説明」——一人ひとりの背景を聞き、検査を選び、結果を解釈する——を、きちんとやったら、どのくらい時間がかかるか。当然、30分、1時間はかかるものと思います。

単純に考えれば、今の5倍から10倍の時間をかけるのですから、値段も5倍から10倍。今が10万円なら、50万〜100万円という計算になります。

では仮に100万円にしたら、今と同じ人数が受けに来るでしょうか。当然、来ません。受ける人は、10分の1くらいに減るかもしれない。すると、同じ施設を維持するには、さらに値段を上げて1000万円くらいにしないといけないかもしれません。


実際には1000万円まではいきませんが、この人間ドック、日本以外だと台湾くらいでしか普及していないのですが、私が個別に確認した範囲では、台湾の病院には、50万円前後のコースまで提供しているところがありました。日本の値段感と比べると、だいぶ高額でしょう。


「検査の量」ではなく「仕組み」にこそ価値がある
もちろん、これは極端な思考実験です。実際に1000万円をかけて健診を受ける人は、日本には数えるほどしかいないでしょう。私が言いたいのは「ドックを高くしろ」ということでは、まったくありません。今の日本は、中途半端なのです。

ここで、誤解のないように、はっきりさせておきたいことがあります。前回もお伝えしたとおり、人間ドックの本質は「検査の量」ではありません。たくさんの検査をてんこ盛りにすることが優れたドックなのだ、という世間の思い込みは、勘違いです。むしろドックの本質は、1日でまとめて受け、その日のうちに専門医が直接説明してくれる——この仕組みのほうにあります。そして、この仕組み自体は、本来すべての人にとって理想的なものだと、私は思っています。だからこそ、まず土台として、エビデンスの確立した対策型健診を、誰もがもれなく無料で受けられるようにすべきだと考えています。

「人間ドック」は全員にとって価値があるものではありません。だからこそ、そこに「特別に価値を見出す」人に対しては、「特別の料金」で対応しても良いと思います。ただし、現行の一人5分や10分の面談では、その(1000万円分の)価値は提供できません。

また、1000万円かどうかは別として、それだけの価値を提供するには、健診側の医療従事者の質も問われます。残念ながら健診業界は、質の高い人員ばかりではありません。特に予防医療の領域に見識の深い人が対応するのであれば、高い対価を払うに値するくらいの価値が、人間ドックにはある。そのように思います。

一方、今の日本は、(会社の福利厚生などで)積極的に望んでもいない人にまで人間ドックが提供されています。いわば「対策型健診」風に、人間ドックが提供されているのです。すると、本来は深い説明にこそ価値があるのに、受ける側はその価値を知らされないまま受けることになる。せっかくのドックの本質が、受ける人にも伝わらない。これはどちらが悪いという話ではなく、望む人と提供されるものとがミスマッチを起こしている、という構造の問題です。

今の健診施設の人間ドックは、こうした形で多くの人数をさばいて収益を上げる体制になってしまっているので、今さら「超高額なドックを一部の人に提供する」システムに変えようとしても、かえって収益性が落ちて経営に打撃になるでしょう。すでに、薄利多売に近いビジネスモデルになっているのです。

そして、この構造のもとでは、本来の価値が正しく伝わらなかったり、ミスマッチの中で健診の医療従事者が疲弊して現場を離れてしまったりする。これは、本末転倒だと思うのです。


今のドックを5万円で受けられるのは、ラッキーなこと
最後に、視点をぐるりと変えてみます。
そうはいっても、日本の現状が明日からガラッと変わることはないでしょう。今年も来年も、おそらくあなたは5〜10万円で人間ドックを受けられる可能性が高い。もしかしたら補助が受けられてもっと安く受けられるかもしれない。

もちろん、その健診機関や対応する医療従事者の質によるところは大きいですが、仮に専門医が、たとえ短い時間でも、あなたの結果を見て説明してくれるのなら——その時間は、本来もっとずっと価値のあるものを、破格の値段で受けられている、ということになります。本気でやれば1000万円かかるかもしれないサービスの、ほんの入り口を、その何十分の一かの値段で体験できている。これは、なかなかにラッキーなことかもしれません。

だからこそ、もしあなたがそうしたドックを受けられる立場にあるなら、その時間を、どうか大切に使ってください(Vol.52参照)。

5分や10分の説明であっても、専門家があなたの体について語ってくれる、貴重な時間です。面倒な義務としてやり過ごすのか、それとも破格のサービスとして使い倒すのか。その姿勢の差は、あなたの健康に、長い目で大きく返ってくるはずです。


*noteの記事の内容は筆者の個人としての見解です。筆者所属の医療機関の見解とは一切関係ありません。内容の正確性には細心の注意を払っておりますが、万が一不適切な内容がございましたらご指摘いただけましたら幸いです。


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