Vol.53 プレミアムドックは、本当に「一番いい健診」なのか。
健診には対策型健診(いわゆる普通の健診)と任意型健診(人間ドックのようなもの)があり、中身が異なる、という話を何度もしてきました。
通常、任意型健診(人間ドック)は高額で、数万円〜10万円以上するものも珍しくありません。
お金がある人だけが「いい」健診を受けられて、お金がない人は「いい」健診を受けられない。これは正しい社会の姿なのか、と憤られる方もいるかもしれません。
今日は、それに関する私の考えを述べたいと思います。非常にセンシティブな内容ですから、もしかしたら納得のいかない方や、反論のある方もいらっしゃるかもしれません。
私の結論はこうです。「お金がある人だけが受けられる健診があってもいい」。ただし、日本の「人間ドック」や「プレミアムドック」がそれに相当するかというと、それはわからない(ケースバイケース)——というものです。
「お金がある人だけが受けられる健診があってもいいと思っているのか、けしからん医者め」と思われたかもしれません。ただ、少し落ち着いて読んでいただければと思います。
まず大前提:必要な健診は、誰もが受けられるべき
私は「お金がある人だけが“健診”を受けられる社会」には、明確に反対です。お金のあるなし、あるいはリテラシーのあるなし。そういったものにかかわらず、全員が必要な健診を受けられる社会であるべきであり、またそれが社会全体へのメリットにもなると考えています。
ただし、ここで指している健診とは、いわゆる「エビデンス」や「費用対効果」が証明されている健診——「対策型健診」のことです。
この対策型健診は、もっと全国民が広く受けられるようになるべきだと考えています。「いや、今だって受けようと思えばみんな受けられるじゃないか」と思われるかもしれません。でも、前回のコラム(Vol.51参照)でも書いた通り、皆さん自分がそれを受けているかどうかも把握できていない。主治医も把握できていない。がん検診に至っては、わざわざ別個に申し込まないと受けられない。それではいけないと思っているのです。
対策型健診やがん検診(ここでいうがん検診とは、エビデンスのある5大がん検診のことです)については、もっと受動的に——つまり、自らアクションを起こそうとしなくても受けられるようにすべきだと思っています。
一方で、それ以外の健診はどうか
一方の、その他の健診。人間ドックや、オプション検査、プレミアムなドック。これらは、残念ながら「エビデンス」という意味では確立していない検査ばかりです。ここで大事なのは、「エビデンスがない」とは「効果がない」という意味ではなく、「効果があるかどうか、まだ分からない」という意味だ、ということです。そして、利益がはっきりしない検査は、ときに偽陽性や過剰診断による不利益(不要な精密検査、心理的な負担、余計な医療費)が、利益を上回ってしまう可能性すらあります。価格ばかり高いけれど、有益性が不利益を確かにまさると証明されてはいない。これを税金でやる必要性は、低いでしょう。
希望する人が、その性質を十分に理解したうえで受ける。その代わり、医療機関も十分に説明の時間をとる。だからこそ、高い対価を得る。こうした健診は、資本主義社会である以上、あっても良いと思うのです。
予防医学には、二つの戦略がある
Vol.32 予防のパラドックス——「重症患者を治す」だけでは、社会は健康にならない。|ドクターOで「予防のパラドックス」を紹介しました。
その提唱者である疫学者ジェフリー・ローズは、予防には二つのアプローチがあると整理しています。ひとつは集団戦略(population strategy)。社会全体に薄く広く働きかけ、集団としての発症数を減らす考え方です。もうひとつは高リスク戦略(high-risk strategy)。リスクの高い個人を絞り込んで、深く介入する考え方です。
ローズが論じたのは、本来「医学的なリスクの高い・低い」で介入を分けるという話でした。私が提唱したいのは、それに加えて——経済的な余裕もそうかもしれませんが、もっと言えば、医療や検査に対するリテラシーの高い・低いで分ける介入。いわば「ハイリテラシー・アプローチ」です。
念のため、誤解のないように強調しておきます。これは「リテラシーの低い人には、良い検査を受けさせない」という話では断じてありません。むしろ逆です。全員が確実に受けるべき土台——エビデンスのある対策型健診と5大がん検診——は、リテラシーや経済力に関係なく、誰もが受けられるようにすべきだ、というのが大前提です。
そのうえで、エビデンスの確立していない上乗せの検査については、利益と不利益を理解して選べる人が、納得して受ける。この「土台は全員に、上乗せは理解して選ぶ人に」という棲み分けの話なのです。本来であれば、すべての人がそうした判断のための情報とサポートを得られる社会が理想であり、リテラシーの差は、できる限り埋めていくべきものだと考えています。
ドックは、「理解して選べる人」のための検査
ここで大事な事実があります。検査は、多ければ多いほど良いというものではありません。世間では、たくさんの検査をてんこ盛りにした「プレミアムドック」こそが一番優れた健診だ、と思われがちです。でも、それは大きな勘違いです。
人間ドックには、対策型健診にない多くの項目や、標準的とは言えない検査も含まれます。「○○大学教授監修!最先端の△△技術で、××病のリスクを、たった数滴の□□から精度99%で検出!」みたいなキラキラしたオプション検査が宣伝されていたら、そしてそれが高額であったなら。「やっぱりお金をたくさん払えば、最先端のいい検査が受けられるのか」と、少しでも思ってしまいませんか。もしほんの少しでもそう思うのであれば、あなたは残念ながら、良い検査・質の高い医療という本質への理解が、まだ十分ではありません。
諸外国には、お金を出せば出すほど良い検査・医療が受けられる、という国もあります。しかし日本では、無料で受けられる健康診断や、保険診療で受けられる標準的な検査・治療こそ、最もエビデンスが確立したものであることがほとんどです。高額な自由診療や最先端をうたう検査が、標準的なものより優れているとは限りません。むしろ、エビデンスが不十分だからこそ保険適用されていない、というケースも多いのです。
ただ、ここで誤解してほしくないのですが、私は「オプション検査はすべて無意味だ」と言いたいのではありません。実際、私の働く施設でもオプション検査は提供していますし、それ自体を否定するつもりはまったくありません。大事なのは、オプション検査と一口に言っても、性質がいくつかに分かれる、ということです。
一つ目は、多くの人にとって利益が証明されている検査。これは本来、オプションではなく対策型健診として全員が受けるべきもので、ここでの話とは別です。
二つ目は、利益を受ける人も確かにいるけれど、その対象を見極めるのが難しく、使い方を誤ると、得られる利益より不利益(偽陽性、過剰診断、不要な精密検査、不安)のほうが上回りかねない検査。これがいちばんやっかいで、本来は専門家とよく相談して、自分が利益を受けられる対象かどうかを見極めて受けるべきものです。
三つ目は、利益があるかどうかはまだ確定していないけれど、受けることによる不利益もほとんどない、という検査。これは、お金に余裕があって、本人が納得しているなら、受けても受けなくてもよい——いわば価値観の問題です。「確実な利益はないかもしれないが、安心のために受けたい」というのも、十分に尊重されるべき一つの選択です。
そして四つ目が、利益が不確かなうえに不利益のほうが大きい、あるいは医学的にほとんど意味のない検査。これは、いくらお金があっても勧められません。
少なくとも日本において、「明らかに受けたほうが全員にとってメリットが大きいのに、高額であるために普通の人は受けられない検査」というものは一つも存在しません。
つまり、オプション検査を選ぶというのは、「高いお金を払えば良い検査が受けられる」という単純な話ではなく、その検査が自分にとってどのタイプなのかを見極める、ということなのです。利益を受けられる対象なのか。不利益はどの程度か。それを上回る利益が自分にあるのか。あるいは、利益は不確かでも不利益がないから、価値観として選ぶのか。
だからドックは、その利益と不利益の両方を理解した上で、自分で納得して選べることが前提になる検査です。「たくさん検査したから安心」ではなく、「この検査には、こういう得とこういう損がある」と理解して受ける。この判断力こそが、私が考える健康リテラシーの中身です。
「50点」を後回しにして、「1点」を議論していないか
ここで、健康全体に通じる、大事な考え方をお伝えします。オプション検査やサプリ、巷の健康法を考えるとき、私はいつも「点数」で考えると分かりやすいと思っています。
たとえば、タバコを吸い、塩分を取りまくっている人がいるとします。喫煙や塩分の取りすぎは、健康にとって明確なマイナス——仮に「マイナス50点」だとしましょう。ところがその人が、禁煙や減塩には手をつけないまま、「このサプリは体にいいらしい」「あの健康法が効くらしい」と、効くかどうかも分からないものに一生懸命になっている。これは、よく見かける光景です。
でも、よく考えてみてください。確実に効くと分かっている「禁煙・減塩」という50点を放置して、効くか効かないか分からない、せいぜい1点あるかないかのものを一生懸命議論している。これは、順番が完全に逆なのです。
オプション検査も、まったく同じ構図です。あるオプション検査は、もしかしたら1点の利益があるかもしれない。中には2点くらいあるものもあるかもしれない。でも、0点かもしれないし、下手をすればマイナスかもしれない——これが、さきほど整理した「タイプの見極めが難しい」ということの正体です。一方で、がん検診(対策型健診)は、死亡率を下げる効果が証明された、いわば「50点」とはっきり分かっている方法です。
だとしたら、答えは明らかでしょう。1点あるかないか分からないオプション検査を熱心に検討する前に、まず50点と分かっているがん検診を確実に受ける。これが先決なのです。枝葉の議論に夢中になって、幹を忘れてはいけません。
多くの人には、対策型健診が最適解
すべての人のリテラシーを教育で引き上げることは、現実には簡単ではありません。ならば、多くの人にとっての合理的な最適解は、集団戦略——つまり対策型健診です。これは決して「妥協」でも「安物」でもありません。死亡率を下げる効果が証明された検査を、確実に受ける。これこそが公衆衛生の王道であり、ほとんどの人にとって、最も賢明で効率の良い健康投資です。
誰もが、たくさんのオプション検査を受ける必要はありません。多くの人は、対策型健診と5大がん検診という土台を固めているだけで、十分に賢明な選択をしています。検査の数をいたずらに増やしたプレミアムドックが、対策型健診の「上位互換」なのではありません。それは、利益と不利益を理解して選ぶ人のための、別の思想のオプションにすぎないのです。
ただし、ここで強く申し添えたいことがあります。私が「万人向けではない」と言っているのは、あくまで山盛りにされた“検査の中身”のことであって、人間ドックという“仕組み”そのものではありません。むしろ逆です。1日で必要な検査をまとめて受け、その日のうちに専門医が直接、結果を説明する——この人間ドックの仕組みの本質は、検査の数の多さではなく、この「専門家が対面で説明してくれること」にこそあります。そして、この仕組み自体は、本来すべての人にとって理想的なものだと、私は考えています。
問題は、その理想的な器に、エビデンスのはっきりしないオプション検査ばかりを盛り込み、「検査の量こそ価値だ」と勘違いさせてしまうことなのです。
大事なのは、自分が何を、何のために受けているのかを理解していること。その一点さえ押さえていれば、手厚いドックを選ぶのも、対策型健診で十分とするのも、どちらも正しい選択です。一人ひとりに合ったアプローチを、正しく対応させていく——それが、本来あるべき健診の姿だと思っています。
出典:
Rose G. Sick individuals and sick populations. Int J Epidemiol. 1985;14:32-8.
Rose G. The Strategy of Preventive Medicine. Oxford University Press, 1992.
*noteの記事の内容は筆者の個人としての見解です。筆者所属の医療機関の見解とは一切関係ありません。内容の正確性には細心の注意を払っておりますが、万が一不適切な内容がございましたらご指摘いただけましたら幸いです。
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