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GW明け…登校できるのか!?実は布団から起き上がるだけでもすごい


明日から学校

今日で2025年のGWが終わり、明日からいつもの日常が戻ってくる。
夕食は外へ出かけたが、昨日までは賑わっていたと思われる飲食店の駐車場はどこもガラガラで、日没後の街にはさあ始まるぞ、といわんばかりの静かな緊張感が漂っていた。

我が家の不登校娘は、果たして明日から登校できるのだろうか。

布団から起き上がるだけでもすごい

実は夫も鬱サバイバーで、ある日突然会社に行けなくなり、半年間休職していたことがある。

考えてみれば、布団に横たわった状態から起き上がることだって、実はすごいことだと思う。  

ぬくぬくと布団で寝転がっていた方が絶対に楽だ。そこから起き上がり、着替えて身支度を済ませ、遅刻しないように逆算して家を出る。

そんなに大変なことは、やりたいことをやるためなら頑張れそうだ。

せめてしんどくない状態でいたい

けれど、やりたくもない勉強や仕事をしに行くために、毎日繰り返すのだとしたら。
行きたくもない学校や会社に向かうために、課せられているのだとしたら。

そりゃ、できなくなることもあるよなぁと思う。

どうしたら、楽しくなるのだろう。
どうしたら、行きたくなるのだろう。

楽しいとまで言わずとも、せめて学校や会社でしんどくない状態でいられたら。

昔は生活の延長が仕事だった

昔、多くの人が農業等の一次産業で生計を立てていたころは、きっと生活の感覚の延長線上に、仕事があったのではないかと思う。

朝日が昇ったらそろそろ畑に出るか、家の周りの田畑を耕し、雨が降ったら今日は違うことをするか、とわらじを編み、日が沈んだら眠る。

子どもの世話も、おぶって農作業をしたり、近くで遊ばせておいたり、仕事の傍らできたのではないか。

感覚的に暮らしていたら、それが自然と仕事にも育児にもつながっていたのではないか。

暮らし=仕事=育児

現代は暮らしと仕事が乖離している

でも現代は、暮らしと仕事はぶっつり切り離されている。多くの仕事において、家と職場が違う。
朝起きたら、家から離れた仕事場に決められた時間までに、気持ちを切り替えて行かなければならない。どんな体調でも、どんな天気でも。

雇い主に従う行動と引き換えに、お金をもらっているからだ。

学校は我慢してお金をもらう訓練の場所

学校は、将来そういう行動ができるようになってお金をもらえるようになるための、訓練の場みたいな側面もある。

日本は勤勉=正義、辛さを我慢してこそ評価やお金をもらえるのだ、みたいな考え方がことさら強いと思う。

どうしたら、心がすり減るまで我慢しないで、布団から起き上がれないほどしんどくならないで、お金を得ながら生きられるのだろう。

布団と決別できたらそれだけでエライ!

連休明け初日。特にしんどい明日の朝。
娘が布団から起き上がれたら、それだけでエライ!と思おう。
学校に行かなきゃね、って圧力かけないようにしよう。
母の不安を、言葉でぶつけないようにしよう。

それが良い。
そうしよう。

悩ましい母の、連休最後の夜は更けていく。

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maki|不登校プロ母 がんばるけどがんばらない日記 学校に行けない子とその保護者の幸せを追究するために、これからも書いていきたいです。応援していただけたら嬉しいです。