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【#ドラマ感想文】 TRICKシリーズ一挙批評 「黒門島」――第1シリーズの大団円 エピソード5 その2 【#Podcastエピソード紹介】

Reel Friends in Tokyo」は、パーソナリティの“まこ”と“オーマ”がお送りする映画紹介Podcastです。このnoteでは、ポッドキャスト本編で取り上げた話題作や名作、はたまた迷作たちを、番組で語りきれなかった裏話や個人的な深掘り、そしてリスナーの皆さまへの補助情報として、二人ならではの視点で掘り下げていきます。

毎回、Podcastで交わしたトークやディスカッションの要点、まこ・オーマ両名による独自の考察、時に脱線しがちな本音トークから個人的に見た映画Reviewまで、記事としてまとめております。リスナーの方も、そうでない方も、ぜひ肩の力を抜いてお楽しみください。

なお番組の最新エピソードご聴取はこちらよりどうぞ↓





第4章 奈緒子が「巫女」だったという設定の、鮮やかな逆転

4.1 「疑う者」が「疑えない者」になる瞬間

シリーズを通じて山田奈緒子というキャラクターは「疑う才能」によって定義されてきた。

霧島澄子のトリックを見破り、ミラクル三井の仕掛けを暴き、黒坂美幸の多重構造を解明し、桂木弘章のホットリーディングを明かした。どのエピソードでも、奈緒子は「信じない側」に立つことで機能してきた。

しかし「黒門島」エピソードで、その構造が根底から逆転する。

自分の母・里見が黒門島のシャーマンだったと知る。その血を引く自分もまた「巫女の資質を持つ」と言われる。さらに「自分が父を殺したかもしれない」という示唆を受け、「自分こそが本物の霊能力者かもしれない」という可能性を突きつけられる。

これは単なる「設定の開示」ではない。奈緒子のアイデンティティの根幹への攻撃だ。「私はインチキを暴く者だ」というアイデンティティが、「私自身がインチキか本物か分からない者かもしれない」という状態に変換される。武器が、自分に向いた瞬間だ。

心理学者のエリク・H・エリクソンが定義した「アイデンティティの危機」は、「これまで自分だと思っていたものが揺らぐ体験」として生じる。奈緒子が経験するのは、まさにその状態だ。「疑う者」というアイデンティティが、自分自身を疑うことで崩壊しかける。

4.2 「知らずに生きてきた力」という設定の倫理的重さ

奈緒子は自分が巫女の血を引くことを知らずに生きてきた。

この「知らなかった」という設定が重要だ。知っていれば、選択ができた。信じるか疑うかを、自分で決めることができた。しかし知らないまま生きてきたということは、「本物かもしれない力」を持ちながら、それを「インチキとして排除する側」に立ち続けてきたことになる。

これは自己矛盾の最も深刻な形だ。自分の本質を否定し続けることで、自分のアイデンティティを形成してきた可能性がある。霊能力者のインチキを暴くという行為が、実は「自分自身の力から目を背けるための行為」だったとしたら。

そこまで踏み込んで考えると、奈緒子という人物の行動原理が一段深くなる。彼女が「疑う才能」を持つのは、単に論理的思考が優れているからではなく、「疑うことで自分自身の謎から目を背けていた」からかもしれない。

ユング心理学で言う「影(シャドウ)」の概念が、ここに当てはまる。カール・グスタフ・ユングは、人間が意識的に排除しようとする自己の側面が「影」として無意識に蓄積されると論じた。奈緒子が「霊能力」を否定し続けてきたことは、彼女の「影」の中に「霊能力の可能性」が蓄積され続けてきたことでもある。その「影」が、黒門島で表面化した。

4.3 母・里見が初めて「立体的な人物」として現れる

シリーズを通じて里見というキャラクターは「コミカルな母」として描かれてきた。「全部ごりっとお見通しだ!」という決め台詞と、娘との漫才的な掛け合い。そのキャラクターが「黒門島」エピソードで一段深くなる。

里見は若い頃、黒門島でシャーマンとして島を守っていた。しかし剛三と出会い、恋をして、島を捨てた。島の定めに背いて、愛を選んだ。その選択が島に災いをもたらしたとされ、剛三は黒津兄弟に命を狙われた。

コミカルに見えていた母が、実は「愛のために共同体の秩序を破った者」だったという事実は、里見というキャラクターの全てを書き換える。「全部ごりっとお見通しだ!」という言葉が、シャーマンとしての「見通す力」と、「それでも愛を選んだ者の後悔と誇り」を同時に含む言葉として響いてくる。

野際陽子という俳優が里見を演じていたことも、ここで改めて重要性を持つ。「コミカルな母」として見えながら、その奥に確固たる重みを持つ存在感。シーズン1を通じて野際陽子が果たしてきた役割の意味が、最終エピソードで完結する。

"The truth is rarely pure and never simple." (翻訳:真実は純粋であることが稀で、単純であることは決してない。) ―― オスカー・ワイルド

里見の「真実」は、愛と裏切りと復讐と継承が複雑に絡み合っている。純粋でも単純でもない。だから美しく、だから重い。


第5章 お宝と御家騒動という「世俗的な核心」

5.1 神秘の核心が「金」だったという逆転の面白さ

「黒門島」エピソードの謎解きの核心は、拍子抜けするほど世俗的だ。

黒津次男と三男が奈緒子を黒門島に呼び寄せた本当の理由は、宝の地図を完成させるためだった。「門構えに火」という文字が宝の地図のヒントになっており、本家の板切れと奈緒子が持つ「焛」の字を組み合わせることで地図が完成する。シニカミ(死神)の正体はゼニカメ(銭亀)であり、120年に一度現れる島に宝があるとされていた。

神秘的な島の信仰、巫女の血、父の死の謎、本物の霊能力の可能性。これだけの「大きな問い」を積み上げておいて、核心は「お宝と御家騒動」だったという逆転は、TRICKらしい「肩透かし」だ。

しかしこれは意図的な設計だと私は読む。

シリーズを通じてTRICKが批判し続けてきたのは「人間の欲望が信仰や神秘を利用する構造」だ。霧島澄子の組織も、ミラクル三井を利用した村も、黒坂美幸の犯罪も、桂木の霊感商法も、全て根っこには「欲望」があった。黒門島の島民が奈緒子を呼び寄せた動機もまた、金への欲望だった。神秘の皮を剥けば、欲望が出てくる。その一貫性がTRICKというシリーズの批評的な眼差しだ。

5.2 宝の正体が「貧しくても清く正しく生きよ」だった皮肉

さらに追い打ちをかけるように、宝の場所に行き着いたとき、そこにあったのは金銀財宝ではなかった。

「貧しくても清く正しく生きよ」というモットーが彫られた記念碑だった。

120年に一度現れる島を目指して、策略を巡らし、人を巻き込み、死者まで出して辿り着いた先に、「清く正しく生きよ」という言葉があった。これは残酷なほど正直な皮肉だ。清く正しく生きていれば、こんなところまで来る必要がなかった。欲望のために全てを犠牲にした者が、辿り着いた先で「欲望を持つな」という言葉を読む。

TRICKがシリーズを通じて「信じることと騙されることの構造」を批評してきたとすれば、このエンディングはその批評の最も凝縮された形だ。神秘への欲望、宝への欲望、特別であることへの欲望。それら全ての欲望に「しかし結局は」と言う一文が、石に刻まれて待っていた。

"The love of money is the root of all evil." (翻訳:金への愛が、あらゆる悪の根源だ。) ―― 新約聖書 テモテへの手紙一 6章10節

この聖書の言葉が、TRICKという深夜コメディドラマの最終エピソードの核心に刻まれている。笑いながら始まったシリーズが、最後に聖書的な言葉に辿り着く。その振り幅が、TRICKというドラマの振れ幅そのものだ。

5.3 元男の死が残す、解消されない感情

黒門島の「島一番の根を持つ」男・黒津元男は、奈緒子を島から脱出させるために自分の舟を提供し、そして死んだ。

彼が奈緒子を助けた動機は必ずしも明確ではない。しかし島の論理に従えば「奈緒子を婚姻の相手として求めた」はずの男が、最終的には奈緒子の脱出を助けた。その行為の意味は、エピソードの中で十分に語られない。

語られないまま、元男は海岸に横たわっていた。

この「語られない死」が、このエピソードに独特の余韻を与えている。黒坂美幸の妹・洋子の死が「使い捨て」として明確に批判的に描かれたように、元男の死も「黒門島という閉じた共同体のルールの犠牲者」として読める。しかし同時に、彼の死には「自分の意志で選択した行為の結果」という尊厳もある。

TRICKは元男の死について、何も説明しない。観客に考える余地を残す。この「語らないことで語る」手法は、シリーズを通じてTRICKが一貫して使ってきた手法だ。全てを解説するドラマではなく、感情の残滓を置いていくドラマとして、TRICKは機能している。


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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

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