【#ドラマ感想文】 TRICKシリーズ一挙批評 TRICK2「六つ墓村」――第2シーズンの滑り出しを飾った横溝正史パロディワールド その2 【#Podcastエピソード紹介】
「Reel Friends in Tokyo」は、パーソナリティの“まこ”と“オーマ”がお送りする映画紹介Podcastです。このnoteでは、ポッドキャスト本編で取り上げた話題作や名作、はたまた迷作たちを、番組で語りきれなかった裏話や個人的な深掘り、そしてリスナーの皆さまへの補助情報として、二人ならではの視点で掘り下げていきます。
毎回、Podcastで交わしたトークやディスカッションの要点、まこ・オーマ両名による独自の考察、時に脱線しがちな本音トークから個人的に見た映画Reviewまで、記事としてまとめております。リスナーの方も、そうでない方も、ぜひ肩の力を抜いてお楽しみください。
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第4章 着メロという「時代の皮膚」が恐怖の道具になった瞬間
4.1 携帯電話の着メロが「個性の表現」だった時代
「六つ墓村」エピソードで事件の引き金になるのは、着メロだ。
推理作家・栗栖禎子の携帯電話から、彼女が登録した覚えのない「手毬歌」の着メロが鳴り響く。その恐怖が彼女を部屋に閉じこもらせ、上田と奈緒子が寝ずの番で見張る中、栗栖は密室で死亡する。
2002年という時代において、「知らない着メロが鳴る」という現象は今より遥かに大きな意味を持っていた。
当時の携帯電話は、着メロが個性の表現だった。音楽を自分で設定し、誰の電話かを「音」で判断する文化があった。スマートフォン以前の世界では、携帯電話はもう一人の自分の一部だった。そのデバイスに「自分が入れた覚えのない音が入っている」という状況は、「自分の体に知らない傷がある」に近い違和感を生む。
現代の視聴者がこのエピソードを見ると、着メロという設定が「懐かしい」と感じる。しかし2002年の視聴者にとっては、それが最もリアルな恐怖の接点だった。日常の道具が、突然「何者かに侵犯されている証拠」になる。その侵犯の感覚が、落ち武者の祟りという古い恐怖と、2002年の日常をつなぐ回路として機能した。
4.2 「自分が入れていない着メロ」の認知的不快感
なぜ「知らない着メロ」がこれほど怖いか。
認知心理学の観点から整理すると、人間の日常生活は「予期された反応」の連続として成立している。ボタンを押せばドアが開く。電話が鳴れば誰かからの着信だ。これらの「予期された反応」が崩れるとき、認知的な不快感が生まれる。
「自分が設定していない着メロが鳴る」という事態は、「自分のデバイスが自分の意図と無関係に動いている」ということだ。これはコントロールの喪失という感覚を生む。人間はコントロールの喪失を本能的に恐れる。なぜなら、コントロールの喪失は「危険にさらされている状態」を意味するからだ。
さらにそれが「手毬歌」という特定の曲だということが恐怖を増幅する。ランダムなノイズではなく、「村の伝説に直結する曲」が鳴る。偶然ではなく、意図がある。誰かが、あるいは「何かが」、その曲を入れた。その「意図の存在」への恐怖が、単なる機械の誤作動より遥かに深い不安を生む。
TRICKがこの時代的な「着メロ文化」を恐怖の道具として使ったことは、非常に巧みだ。当時の視聴者にとって最も身近なデジタルデバイスを、最も身近な恐怖の媒体にした。
4.3 着メロ文化が消えた後も「六つ墓村」が面白い理由
2002年のリアリティを持っていた着メロというモチーフは、スマートフォン時代に見返すと「時代の遺物」として映る。しかし奇妙なことに、それがかえって作品への郷愁を深める。
昔楽しんだドラマを見るとき、その時代性も同時に楽しむことができる。これはタイムカプセルを開けるときの感覚に近い。「当時はこれが最先端だった」という認識が、作品を単なる「古いドラマ」ではなく「時代を封じ込めた記録」として見せる。
メディア論的に言えば、マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージである」という命題がここに当てはまる。着メロという「メディア」が持っていた2002年的な意味は、その時代のメッセージとして作品の中に保存されている。スマートフォンという別のメディアを持つ現代の視聴者は、そのギャップを「懐かしさ」として受け取る。
「六つ墓村」を今見る楽しさの一部は、この「時代のギャップを楽しむ」体験だ。落ち武者の祟りという古い恐怖と、着メロという当時最先端のテクノロジーが、同じ画面の中に共存している。その異質な組み合わせが、2002年のTRICKにしか出せない質感を作っている。
"The medium is the message." (翻訳:メディアはメッセージである。) ―― マーシャル・マクルーハン
着メロが「メディア」であり、「手毬歌が鳴る」というその使われ方が「メッセージ」だった。2002年に着メロが持っていたメッセージの力を知っている世代と、知らない世代とでは、このエピソードの怖さの質が変わる。その世代的な差異自体が、このエピソードのもう一つの読み方になっている。
第5章 水上荘という密室で起きた死の、構造的解剖
5.1 「見張っていたのに守れなかった」という最悪の状況
第1話で栗栖禎子の携帯に知らない着メロが流れ、彼女が部屋に閉じこもる。上田と奈緒子はその部屋を一晩中見張った。廊下に立って、ドアを監視し続けた。誰も入らなかった。入れるはずがなかった。
それでも翌朝、栗栖は布団の中で死んでいた。
「見張っていれば守れる」という前提が完全に崩壊した瞬間だ。これは本格ミステリにおける「不可能犯罪」の典型形態だが、TRICKにおいては「上田と奈緒子が失敗した」という事実として提示される。第1シーズンの「パントマイムで人を殺す女」で黒坂美幸に完敗したように、第2シーズンの幕開けでも二人は「守れなかった」経験をする。
この「失敗から始まる」という設計は、シリーズとしての成熟を示している。第1シーズン初期のTRICKは「謎を解く」ことの快楽を前面に出していた。しかしシリーズが深まるにつれ、「解けても守れない」「分かっても間に合わない」という現実の残酷さが色濃くなる。
上田の能力への信頼も、奈緒子の直感も、物理的な見張りも、この密室の死の前では無力だった。その無力感が、「六つ墓村」エピソードの最初の引きになっている。
5.2 密室トリックの種明かしと「蝋と酸欠」という解答
最終的に明かされる栗栖の死の真相は、ローソクの燃焼による酸欠だった。
密室に仕掛けられたローソクが燃え続け、密閉された空間の酸素を消費した。着メロによる恐怖で部屋に閉じこもり、さらに布団をかぶって震えていた栗栖は、酸素濃度が低下した空間で命を失った。上田と奈緒子が廊下で見張っている間に、部屋の中では酸素が静かに減り続けていた。
このトリックの「地味さ」が、エピソードとして正しい。
超自然的な祟りへの期待を最大まで高めておいて、解答が「ローソクの酸素消費」という物理的な現象だ。この落差が笑いを生みながら、同時に「信仰が恐怖を増幅させる」という批評を静かに行う。栗栖が普通に就寝していれば、酸欠は起きなかったかもしれない。しかし着メロによる恐怖が彼女を布団の中に閉じこもらせた。「怖がることが、死を招いた」という構造だ。
恐怖への服従が、恐怖の実現を引き起こす。信仰と同じ構造だ。「呪いを信じた者が、呪いの通りに行動し、その行動が呪いを成就させた」。TRICKが繰り返し描いてきた「信じることの自己実現」という皮肉が、ここでも機能している。
5.3 番頭・平蔵の「お食事券→汚職事件」という言葉の聞き間違い
「六つ墓村」エピソードの解決において最も痛快な場面は、黒幕の自白が誘発される瞬間だ。
水上荘の番頭・平蔵(渡辺いっけい)は「やたら丁寧で、何にでも"お"や"ご"をつける喋り方」が特徴のキャラクターだ。シリーズを通じてそのコミカルな喋り方がギャグとして機能してきた。
しかしこのコミカルな喋り方が、最終的に「解決の装置」として機能する。
平蔵が「おしょくじけん」と言った。亀岡議員はその言葉を「汚職事件」と聞き取った。「こいつらは汚職の証拠を掴んだ。もう終わりだ」と観念した亀岡は、自分からベラベラと真相を喋り始めた。
しかし平蔵が言いたかったのは「お食事券」だった。
「追い詰めたのは論理ではなく、言葉の聞き間違い」という解決の「間抜けな痛快さ」は、TRICKというドラマの本質を体現している。複雑な推理で犯人を論理的に追い詰めるより、「犯人が勝手に勘違いして自白する」という結末の方が、TRICKらしい。
"Comedy is simply a funny way of being serious." (翻訳:コメディとは、真剣であることの滑稽な方法に過ぎない。) ―― ピーター・ユスチノフ
「お食事券→汚職事件」という聞き間違いは笑えるが、その聞き間違いが生まれた背景には「汚職を隠し続けた者の罪悪感」という真剣な現実がある。コメディが真剣さを笑いに変換し、笑いが真剣さを暴く。TRICKの最も TRICKらしい瞬間だ。
第6章 掛け軸の裏という「単純すぎる真実」の哲学
6.1 血の涙を流す掛け軸の、すぐ裏に証拠があった
エピソードの核心的なトリックの一つが、落ち武者の掛け軸だ。
旅館「水上荘」に飾られた落ち武者の掛け軸が、血の涙を流す。これが恐怖演出として機能し、「祟りは本物だ」という印象を強化する。しかしその掛け軸の、すぐ裏側に、汚職の証拠となる賄賂の受領証が隠されていた。
ヒントは「あからさまにわかりやすく提示されていた」にもかかわらず、誰も気づかなかった。
なぜか。
掛け軸が「落ち武者の祟りの象徴」として機能していたからだ。怖いもの、神聖なもの、触れてはならないものとして認識された瞬間に、それへの「別の視点からの観察」が遮断される。信仰の対象となったものは、「何かが隠されているかもしれない物体」として見られなくなる。
これは認知心理学で言う「機能的固着(functional fixedness)」に近い現象だ。物体を「特定の機能や意味」として認識すると、それ以外の可能性が見えなくなる。掛け軸を「祟りの象徴」として見た者には、「証拠の隠し場所」として見ることができない。
川島が証拠の隠し場所として掛け軸の裏を選んだのは、おそらくこの認知的盲点を計算していたからだ。「誰もが怖くて触れない場所」に隠すことで、最も安全な隠し場所になる。恐怖が、証拠を守る番人になる。
6.2 「複雑に考えすぎる」という人間の認知的傾向
本格ミステリを愛読する者は、しばしば「単純な解答」に辿り着けない。
なぜなら「複雑な謎には複雑な解答があるはずだ」という思い込みが、思考を複雑な方向に引っ張るからだ。エラリー・クイーンのミステリのように、入り組んだ論理の糸が最後に一つに収束する快楽を知っている者は、そのパターンを期待して思考する。単純な解答は、「もっと深い何かがあるはずだ」という期待によって排除される。
「六つ墓村」の掛け軸トリックは、この認知的傾向を利用している。血の涙を流す掛け軸という「演出された複雑さ」が、「その裏に紙が挟まれているだけ」という単純な事実を隠す。複雑に見せることで、単純さが見えなくなる。
これはマジックの原理そのものだ。派手な演出で視線を引きつけ、単純な仕掛けを隠す。山田奈緒子はマジシャンとして、この原理をよく知っているはずだ。しかし「六つ墓村」においては、落ち武者の祟りという「大きな恐怖」が、奈緒子の「疑う才能」をも一時的に曇らせた。
恐怖は、論理的思考の敵だ。恐怖が先行すると、人は「恐怖の文脈に沿った解釈」をしやすくなる。「血の涙を流す掛け軸」は恐怖を生み、その恐怖が「掛け軸の物理的な状態を冷静に観察する」能力を奪う。これが「蓋を開けてみれば単純なタネ」が見破られなかった理由だ。
"Everything should be made as simple as possible, but not simpler." (翻訳:物事はできる限りシンプルにすべきだ。しかし、それ以上にシンプルにしてはならない。) ―― アルベルト・アインシュタイン(に帰せられる言葉)
川島が仕込んだトリックは「できる限りシンプル」だった。掛け軸の裏に紙を挟む。それだけだ。そのシンプルさが、複雑な謎を期待する者の目を欺いた。
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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(#ポケ沼 )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。
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