【#ドラマ感想文】 TRICKシリーズ一挙批評 「千里眼の男」――1話完結の中に全部入ってる見事なエピソード4 その2
「Reel Friends in Tokyo」は、パーソナリティの“まこ”と“オーマ”がお送りする映画紹介Podcastです。このnoteでは、ポッドキャスト本編で取り上げた話題作や名作、はたまた迷作たちを、番組で語りきれなかった裏話や個人的な深掘り、そしてリスナーの皆さまへの補助情報として、二人ならではの視点で掘り下げていきます。
毎回、Podcastで交わしたトークやディスカッションの要点、まこ・オーマ両名による独自の考察、時に脱線しがちな本音トークから個人的に見た映画Reviewまで、記事としてまとめております。リスナーの方も、そうでない方も、ぜひ肩の力を抜いてお楽しみください。
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第5章 「信じたい」という感情の、構造的な脆弱性
5.1 人はなぜ超能力を信じるのか――欲望の形としての信仰
桂木弘章の霊感商法が機能したのは、彼のトリックが巧みだったからではない。被害者の菊池老人が「信じたかった」からだ。
神経痛が治ると言われて50万円の金の分銅を買う。冷静に考えれば非合理的な判断だ。しかし菊池老人にとって、「治る」という言葉は単なる商品説明ではなかった。長年の痛みから解放される可能性の提示だった。その可能性に値段をつけるとすれば、50万円は「高すぎる」とは言い切れない。痛みが続く毎日を生きることの辛さを、外側から「非合理的だ」と断じることは、簡単すぎる。
これはTRICKが繰り返し提示してきた問いの変奏だ。「母之泉」では「インチキでも救われた人間がいた」という問いがあった。「宝女子村」では「信じることで因習が維持された」という問いがあった。「千里眼の男」では、「治りたいという切実な欲望が、詐欺師の餌になる」という問いが来た。
どのエピソードでも、「信じる側」の論理は単純ではない。信じることには必ず、信じたい理由がある。その理由を丁寧に見ることなく「騙された馬鹿だ」と言う批評は、半分しか正しくない。残り半分は、「なぜ信じたかったのか」を問うことで初めて見えてくる。
5.2 「どこの世界にも神がいる」という人類学的事実
世界を見渡すと、信仰を持たない文化はほぼ存在しない。
人類学者クリフォード・ギアツは、著書『文化の解釈学』(1973年)において、宗教を「世界に対する意味のシステム」として定義した。人間は意味のない世界に耐えられない。死、病気、苦しみ、不条理。これらに「なぜそうなるのか」という説明を与え、「どうすればいいのか」という指針を提示するシステムが宗教だ。
霊感商法はそのシステムの搾取版だ。「なぜ病気なのか(家相が悪いから)」という説明を与え、「どうすればいいのか(金の分銅を買えばいい)」という指針を売る。この構造は宗教と本質的に同じだ。違うのは、提供する「意味のシステム」が嘘であることだ。
しかし嘘の意味のシステムでも、提供された瞬間には「意味が生まれた感覚」を与える。神経痛の原因が「家相の問題だ」と言われた瞬間、菊池老人の世界に「説明」が生まれた。その説明が偽りだとしても、説明がある状態の方が、説明がない状態よりも心理的に楽だ。
TRICKというドラマが「霊能力者のトリックを暴く」ことに終始しながら、同時に「信じることの意味」を否定しないのは、この人間の根本的な欲求を理解しているからだと私は思う。嘘を暴くことと、信じたいという欲望を尊重することは、矛盾しない。
"Man is the only animal that laughs and weeps; for he is the only animal that is struck with the difference between what things are and what they ought to be." (翻訳:人間は笑い泣く唯一の動物だ。なぜなら、物事のあるべき姿と現実の姿の違いに打たれる唯一の存在だからだ。) ―― ウィリアム・ハズリット
菊池老人が桂木を信じたのは、「神経痛が治るべきだ」という「あるべき姿」への強い欲求があったからだ。現実と「あるべき姿」の乖離が大きいほど、その乖離を埋めてくれる何かへの欲求は強くなる。霊感商法はその乖離を餌にする。
5.3 単純なトリックが最も効く理由
「千里眼の男」エピソードのトリックが「ただのホットリーディング」であることは、批判ではなく、設計として正しい。
複雑なトリックは「驚き」を生む。しかし単純なトリックは「恥辱」を生む。暴かれた後に「そんな単純なことに騙されていたのか」という感情が来る。その恥辱の感情が、「なぜ自分は騙されたのか」という内省を促す。内省が、真の意味での「騙しの構造の理解」に繋がる。
複雑なトリックを暴いても、「複雑だったから仕方ない」という言い訳が成立する。しかし単純なトリックを暴かれると、言い訳ができない。「単純だったのに、なぜ信じたのか」という問いだけが残る。その問いは不快だが、最も本質的な問いだ。
TRICKがエピソード4で「単純なホットリーディング」を選んだことは、シリーズの批評的な文脈において重要な判断だったと私は思う。「母之泉」の複雑さ、「宝女子村」の仕掛けの多重性、「パントマイムで人を殺す女」の法的な奇術。これだけ複雑なトリックを見せてきた後で、「実は最も単純なものが最も効く」という事実を提示した。その順番が正しい。
第6章 このシリーズを一挙に見返すということ
6.1 4つのエピソードが積み上げたもの
ここまでTRICKシリーズ第1シーズンの4つのエピソードを順番に見てきた。
「母之泉」で問われたのは「信じることの救いと罪の境界」だった。「宝女子村」で問われたのは「集団の因習が個人の判断を超えるとき、何が起きるか」だった。「パントマイムで人を殺す女」で問われたのは「法が正義を実現できないとき、何が残るか」だった。そして「千里眼の男」で問われたのは「単純な嘘が人を傷つける、その最も純粋な形とは何か」だった。
四つの問いは、全て「信じること」と「騙すこと」の関係を、異なる角度から照らしている。
霧島澄子は本物だったが騙す組織の中にいた。ミラクル三井はインチキだったが本物を信じていた可能性がある。黒坂美幸は騙すことを道具として使って、法の目をくぐり抜けた。桂木弘章は純粋に金のために騙し、無垢な少年を笑顔で傷つけた。
この四人の「騙す者」の系譜を並べると、TRICKというドラマが「騙すこと」というテーマをいかに多角的に描いてきたかが見えてくる。単純な勧善懲悪ではなく、「騙すこと」と「騙されること」の複雑な構造を、笑いの中に仕込んでいた。
6.2 山田奈緒子というキャラクターの成長
4つのエピソードを通じて、山田奈緒子というキャラクターは少しずつ変化した。
最初は「家賃のため」という極めて世俗的な動機で上田の依頼を受けていた。しかしエピソードを重ねるごとに、「インチキを暴くこと」への個人的な関与が深まる。霧島澄子の「本物はいる」という言葉を受け取った。ミラクル三井の「本物に会ったことがある」を聞いた。父が「霊能力は存在する」と言い残して死んでいることを知った。
奈緒子は「疑う者」として物語に入った。しかしエピソードを経るごとに、「疑いきれない何かと向き合う者」に変化しつつある。その変化がシリーズの感情的な幹を形成している。
「千里眼の男」桂木はインチキだ。しかし少年への笑顔の一言の後、奈緒子はどんな表情をしていたか。私は毎回そこに注目する。あの表情は「また一つインチキを暴いた」という達成感ではない。「それでも本物はいるかもしれない」という問いと「これほど単純に人は傷つく」という現実が同居した、複雑な沈黙だ。
その複雑さが、山田奈緒子というキャラクターを「謎解きの道具」ではなく「感情の主体」として成立させている。
6.3 深夜の画面の前で膝を抱えていた小学生へ
最後に、個人的なことを書く。
あの頃の私は、TRICKを見終わった後に布団の中で考え込んでいた。霧島澄子はなぜ死ななければならなかったのか。ミラクル三井は本当に消えたのか。黒坂美幸はこの後どうやって生きるのか。そして「千里眼の男」を見た夜は、あの少年のことを考えた。あの少年は、桂木の言葉の後にどんな夜を過ごしたのか。
子どもが「答えのない問い」を抱えて眠れなくなる体験は、成長の一つの形だと今なら言える。しかし当時はただ、ざわざわとした気持ちを持て余していた。
大人になって見返すと、あのざわざわの正体が分かる。TRICKは毎回「解決されない何か」を残した。謎が解けても、世界は完全には元通りにならない。傷ついた人間がいて、去った人間がいて、笑顔で傷をつけた人間がいる。ドラマが終わっても、人間は続いている。その「続き」を想像させるドラマが、人の記憶に残る。
「千里眼の男」は1話だ。短い。しかしあの少年の「ぼく、なおらないの」という言葉は、何十年経っても消えない。消えないものを作る技術が、1話の中に全部入っていた。それが「千里眼の男」という、地味で、しかし正確なエピソードの正体だ。
"The purpose of life is not to be happy. It is to be useful, to be honorable, to be compassionate, to have it make some difference that you have lived and lived well." (翻訳:人生の目的は幸福になることではない。有用であること、誠実であること、思いやりがあること、自分が生きたことで何かが変わったと言えること、それが目的だ。) ―― ラルフ・ウォルドー・エマーソン
桂木弘章が生きたことで、菊池老人は50万円を失い、少年は希望を笑顔で砕かれた。「生きたことで何かが変わった」という意味においては、桂木もそれを果たした。しかしその変化は傷だった。エマーソンの言葉の対極として、桂木弘章というキャラクターは存在する。
だからこそ、あの笑顔が忘れられない。あれは単なる悪役の笑顔ではなく、「生きることが誰かを傷つけることもある」という現実の、最もコンパクトな可視化だ。
TRICKはそういうドラマだ。笑わせながら、そういうことを教える。深夜に、1話完結のエピソードで、さらりと。
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