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妻を「許す」ことは諦めた。代わりに「面白がる」ことにした。【Day 31】

【これまでのあらすじ】 4年前の金銭トラブルで妻への信頼を失った僕。再構築のために「妻と同僚になる」ことを目指し、12月1日から毎日noteを更新してきました。 ▶第1話から読む

「デスマーチ」からの脱出

4年前、妻の借金が発覚しました。信頼していたパートナーが、家計に致命的な損害を与えたのです。

理由を聞いても、彼女の説明は「家族においしいお肉を食べてほしくて」と大差ないレベル。スーパーの買い物とは0の数が違うんですが……。

だから、僕は決めました。 「損切り」をしよう、と。

起きてしまったミス(過去)への執着を捨て、彼女を「愛すべき妻」ではなく「ミスの多い同僚」と再定義する。 感情を排し、業務遂行のためにドライに関係を再構築する。 そう決意して始めたのが、この「妻を同僚にする」というnote連載でした。

「理解」という名の到達点

この1ヶ月、僕は彼女を観察しました。 その結果、ひとつの大きな発見がありました。

それは、「彼女と僕では、搭載されているOSが違う」という事実です。

僕は論理と予測で動く「システム2」の人間。 妻は直感と快楽で動く「システム1」の人間。 (参照:Day 30)

彼女の行動に悪気はありませんでした。ただ、仕様が違うだけだったのです。 「なぜ?」と怒るのは、Macに向かって「なぜWindowsのソフトが動かないんだ!」と叫ぶようなものでした。

その構造が理解できた時、僕の心の中にあったドロドロとした怒りは、驚くほど静まりました。 「なんだ、バグじゃなくて仕様だったのか」 腑に落ちた僕は、ようやく平穏を手に入れた……はずでした。

「許し」のドアが開かない

しかし、大晦日の今日、正直に告白します。 僕はまだ、妻を許せていません。

構造を「理解」することと、感情的に「許す」ことは、全く別のレイヤーの話でした。 OSの違いだとわかっても、4年前に開いた風穴は塞がりません。 ふとした瞬間に、「それでも、なぜ相談してくれなかったんだ」という虚しさが込み上げます。

僕は、「理解」という部屋まではたどり着きました。 でも、その奥にある「許し」という部屋のドアは、固く閉ざされたままです。 ドアノブに手をかけることができない。

やっぱり、壊れた信頼は戻らないのか。 僕は一生、この「冷めた目線」で妻を見続けるのか。 僕は、その「理解と許しの狭間」で立ち尽くしてしまいました。

「愛」の代用品を見つけた

理解から許しに向かう道筋を考えている中で、ふと気づいたことがあります。

僕は許せていない。 けれど、この1ヶ月、僕は誰よりも「妻のこと」を考えていました。

以前の僕は、苦痛から逃れるために、彼女を視界に入れないようにしていました。無関心を装っていました。 でも今は違います。 彼女が不思議な発言をするたびに、 「どういうこと?」と必死に解析しようとしている。

これは「愛」ではありません。 でも、間違いなく「強烈な関心」です。

許すことはできないかもしれない。 でも、「面白がる」ことならできる。

かつて僕たちが持っていた「信頼」や「愛情」は、もう戻らないかもしれません。 でも、その焼け跡から、「観察者としての好奇心」という、奇妙でたくましい雑草が生えてきていました。

2026年に向けて

もし、今「夫婦関係に悩んでいる人」がいるなら、伝えたいです。 無理に許そうとしなくていい。愛そうとしなくていい。 ただ、その理解不能な相手を、「面白い観察対象」として見てみるのはどうでしょうか。

「許せない」と苦しむより、「理解できない」と面白がる方が、精神衛生上ずっと健康的です。 そして結果的に、それが家庭というプロジェクトを回すための、最強の潤滑油になるかもしれません。

僕は妻を許していません。 でも、明日の元旦、彼女がどんな予測不能な行動をするのか、ちょっとだけ楽しみにしている自分がいます。

これが、31日間の実験で僕が得た、僕なりの「答え」です。

読者の皆様、1ヶ月間、右往左往する僕にお付き合いいただき、ありがとうございました。 来年も、計算用紙を片手に、このカオスな現場からレポートをお届けしようと思います。

よいお年を!


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