第2回 日本文化の特徴|日本文化はなぜ形骸化しやすいのか──マンガ絵思考・左脳優位・伝統の空洞化 18000字以上
日本文化をじっくり観察していると、ある奇妙な特徴が浮かび上がる。「完成度は高いのに、どこか“生”が薄い」。歌舞伎・能・浮世絵・華道──どれも洗練されているが、成熟というより“形骸化した影”として残っている。そこには、日本文化特有の 左脳優位・言語化志向・マンガ絵的処理 が深く関わっている。
本来、言葉は「生の現実」から抽出されて生まれる。しかし日本では、抽象化された“記号化された花”が現実の花を上書きしてしまいやすい。さらに、文化を丸ごと受胎してしまう「卵子型文化構造」によって、一度取り入れたものは柔らかく加工され、輪郭線だけを残して“保存食のような伝統”になる。
その一方で、クラシック音楽やMMAのように「時代を貫くクラウド型の古典」を生み出す力は弱い。日本文化は、細やかで美しいが、全体がすぐに“マンガ絵のレイヤー”で固定化されてしまうのだ。
今回の記事では、この「形骸化しやすさの正体」を、言語・脳・芸術・男女差・文化構造まで巻き込んで、多角的に解きほぐしていく。
本文
そもそも言葉とは抽出されて存在に至る。花という言葉が現実に存在しているわけではなく、あるのは人間が「花」として認識する物質である。
一度言葉が出来ると、五感的に蝕知するだけではなく、その言葉に応じた認識が出来上がる。生の現実と言うより、言語的概念を操作するようになる。
この流れで「言語=生の現実(っぽいもの)」だったのが「言語=マンガ絵・記号」的なものに変わっていく。一方でこれを元に戻そうとする動きも生まれる。さらに元に戻そうとするどころか「言葉=非現実、創作」的なものにまで至る。「ペガサス」などの神話もそうして生まれる。
あるいは言語以前に人間の脳には「ペガサス」的なものを創作する力があり、その力が言語を引き寄せたのかも知れないけれど。
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