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「離乳食をあげる」の解像度が夫婦で違いすぎて辛い。

「離乳食をあげる」の解像度が、夫婦で違いすぎる。こういう差が、ちりつもで辛い。

「離乳食をあげる」ってだけでこんなに違う。もちろん夫も、娘にご飯を食べさせてくれている。それ自体はありがたい。でも、私がモヤモヤするのは、そこじゃない。「離乳食をあげる」という一つのタスクに対する解像度が、夫婦で違いすぎるのだ。

夫にとっては、「目の前のご飯を食べさせる」なのかもしれないが、私にとって、「娘が食べるものを準備して、食べさせて、汚れなどを一通り拭く」までが一連の仕事になっている。

だから夫が「離乳食あげといたで」と言ったとき、「ありがとう」と素直に言えない。心の中では、いや、机と椅子、拭いてくれへんのかい。その米粒はすぐ拭かんとカピカピにこびりついて取れへんくなるんやけど!?と、思うのだ。

でも夫からしたら、本当にそこまで見えていないだけなのかもしれない。「夫が怠けている」というより、そもそも一つの仕事として認識している範囲がズレている。

一回なら、別にいい。「机くらい私が拭けばいいか」で終わる。でも、何度も何度もそれが積み重なると、「なんで私ばっかり」と不満が湧いてくる。

ちりつも怖い〜。しかも、こういう差って、やっている本人には見えにくいからタチが悪い。

私だって、夫が仕事で何をどこまで考えているのか全部は知らない。だから、「私のほうが大変」と単純に言いたいわけでもない。

ただ、家庭の中で一緒に暮らしているなら、「私はここまでを一つの仕事だと思っている」ということは、伝えてもいいよね?

「離乳食をあげて」ではなく、「食べさせたあと、机と椅子も拭いて片付けまでお願い」と言う。これ、嫌味っぽくならんようにするにはどうしたらいいんや?難易度高いな?

夫婦って、同じ家に住んでいても、同じものを見ているとは限らない。だから、「なんでしてくれへんの?」と怒る前に、「そもそも、あなたにはどう見えてる?」と聞いてみないといけないんだなあ。

夫婦に必要なのは、一つひとつの仕事をどこまでとするかを共有してやりきることなんやろうなあ。

「離乳食、あげるところまでじゃなくて、椅子拭くところまでがセットやで」って言ってみよう。なんなら食洗機に食器もいれてくれって言いたい。

こうやって夫の「離乳食」の解像度を少しずつ上げて、我が家のかたちをすり合わせていきたい。やってやるぞ。
ほんなら、またねー!

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