2002.6.22 トロカデロから観光バスLesCarsRougesに乗る&夜は母の幼なじみと食事


2002年は1ユーロ=120円くらい。




60歳半ばを過ぎてから母は心臓の調子が悪く、緊張すると胸が苦しくなったりしていました。まだ着いたばかりで、ホテルで隣の物音が気になったり、街を歩いていてもまわりに気を使ってしまい、楽しんではいるものの体調はイマイチ優れませんでした。
母の小学生からの幼なじみ谷川さんと、会うことになりました。谷川さんは数年前に奥様を亡くされ、お嬢さんがご主人とヨーロッパ(のどこか)に在住されているので、谷川さんは老後をパリで過ごすことになったそうです。母としては「自分の方がパリ好きなのに!」と羨ましすぎて嫉妬していました。「老後をパリで」…なんと良い響き。
穏やかな谷川さんですが…この夜私は谷川さんと口論になりました。当時私は独身で「結婚もせず好きなことばかりしている」ように見えたようで、このままで良いと思っているのかもっと真剣に将来のことを考えたらどうだとか…などなど。結婚願望があったけれどなかなか良い相手にめぐり合えず私なりに悩みもあったので、私の事情を知りもしないこのおじさんに言われる筋合いはない!とカチンときて、私も応戦しました。口論をしている横で母はただ黙っていました。言いたいことを言い合ったら、まあスッキリしてこの夜はお開きとなりました。
ホテルに帰って母に「せっかくの再会の場で、口論になってしまってごめんね」と謝ったら「何も聞いてなかった」と!「えっ、何もってどういうこと?」と聞き返すと「だから何も聞こえなかった」….。
あきれました。母は自分に都合の悪そうなことは聞かないことができるのだ。思いがけない、母の一面でした。聞かなかったのなら、まあいっか。



