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従兄弟のテープ

私の従兄弟は、同じ話を七回聞いて七回笑う男であった。

小学三年の夏休み、私はこの従兄弟の家に何日か預けられた。当時の私は「泊まりに行く」というめでたい行事だと思い込まされていたのだが、今にして思えば親が私を体よく厄介払いしていただけで、まったく子どもというのはおめでたい生き物である。伯母は玄関で「よく来たねえ」と言った。あれも今思えば歓迎などではなく、妹である母に貸しを作った顔であった。

従兄弟は五つ上の中学生で、自分の部屋とラジカセを持っていた。小学三年生から見れば、自分の部屋とラジカセを持っている人間は、もうほとんど大人である。私はその大人の部屋の畳の隅に座らされ、大人がラジカセを鳴らすのを、ボーッと眺めていた。

従兄弟は、ラジオを録音したテープを持っていた。そのテープを鳴らす。芸人が何か言う。従兄弟がヘラヘラ笑う。止める。巻き戻す。また鳴らす。芸人がさっきと同じことを言う。従兄弟がさっきと同じところでヘラヘラ笑う。止める。巻き戻す。私は畳の目を数えながら、これを七回見た。

三回目あたりで、私は、「従兄弟はどこかおかしいのではないか」と思った。そして、四回目で確信した。なにしろ四回目の従兄弟は、芸人がおかしなことを言う前に、もう笑い始めていたのである。あれは笑っているのではない。私に言わせれば、痙攣である。私は幼心に、従兄弟とはあまり深く関わるまいと決めた。

芸人の話のほうは、はっきり言って一つも面白くなかった。前の週の続きらしく、途中から聞かされた小学三年生に分かるようにはできていないのだ。私は一度も笑わなかった。笑う場所が分からなかったのではない。笑う場所がなかったのである。

家に帰って、母に報告した。「従兄弟が、同じところを七回聞いて、七回笑ってた」。母は「そう」と言った。それから「楽しかったならよかった」と言った。私は楽しかったとは一言も言っていない。

うちにはラジオがなかった。テレビも電話も炊飯器も、なぜかこけしまであるのに、ラジオだけがなかったのである。なぜうちにはラジオがないのかと母に聞いたことがある。母は「聞く人がいないから」と言った。幼い我が子がラジオのない理由を聞いているのに、「もしかしてラジオが聴きたいの?」と気を回さないところが、流石我が母である。

私はラジオをねだらなかった。ラジオが面白いということは、従兄弟の痙攣を見て知っている。面白すぎると人があんなふうになるということも、同じ痙攣を見て知っている。私はあんなふうになりたくなかった。なにしろ従兄弟と私には、同じ血が流れているのだ。

従兄弟はその後、普通に就職した。同じ話を七回聞ける人間というのは、会社では案外重宝されるのだと思う。

いま、私のスマホにはラジオのアプリが入っている。ラジオを買わなくてもラジオが聞ける時代になったのだが、私は一度も聞いていない。

先日、母にこのアプリを見せた。「ラジオ買わなくても、ラジオが聞けるんだよ」と説明したら、母は「じゃあ買わなくてよかった」と言った。母の中では、三十年前にラジオを買わなかった判断が、この日、正しかったことになった。

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