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なぜ、一本の鉛筆すら、誰も作れないのか

手元にあった一本の鉛筆を、ぼんやり眺めていました。

木の軸、黒い芯、先端の金具、消しゴム。
これくらいなら、自分でも作れそうな気がしていました。


「作れる」と思っていたのに

木を削って、芯を差し込む。

そう考えると、鉛筆づくりは、
それほど難しくないことのように思えます。

けれど、木材はどこから来たのでしょう。
芯の黒鉛は、金具の真鍮は、あの塗料は。

一本ずつ辿っていくと、
「自分にはとても作れない」という感覚に、変わっていきます。

この違和感を、正面から言葉にした人が、20世紀にいました。

「私を作れる人は、地球上に一人もいない」

1958年、アメリカの経済学者レナード・リードが、
一本の鉛筆自身に語らせる、という形で、あるエッセイを書きました。

タイトルは『I, Pencil(私、鉛筆)』。

鉛筆は、こう語り出します。

「私の系図をたどれば、私を作れる人など、地球上に一人もいないことがわかる」

木材は、アメリカ北西部の杉。
芯の黒鉛は、遠く離れた国の鉱山から。
金具の真鍮、塗料、消しゴムのゴム。

伐採する人、船で運ぶ人、鉱石を掘る人、工場で組み立てる人。

誰ひとり、互いに顔を合わせたこともなく、
「鉛筆を作ろう」とすら、思っていないかもしれません。

それなのに、一本の鉛筆が、店先に並びます。

このエッセイは、のちにノーベル経済学賞を受賞した経済学者ミルトン・フリードマンにも取り上げられ、
テレビ番組の中で、あらためて世界に紹介されました。

一本の、たった数十円の道具の裏に、
これほど広く、誰も把握しきれない協力の網が、広がっていたのです。

誰も全体を知らないまま、動いているもの

鉛筆ですら、そうなのだとしたら。

今、私たちが日常的に使っている生成AIは、
いったい、どれほどの人の手を経て、ここに立ち現れているのでしょう。

学習データを書いた、無数の見知らぬ書き手たち。
半導体を設計した人、電力網を支える人、コードを書いた人。

そして、開発者自身でさえ、
モデルの内部で、なぜその答えが出てきたのか、完全には説明できないことがあります。

作った人すら、全体を把握しきれない。
鉛筆と同じ構造が、もっと巨大な規模で、今も起き続けているのかもしれません。

鉛筆の正体

一本の鉛筆すら、誰も単独では作れないのだとしたら。

私たちが「自分ひとりで作った」と思っているものの中に、
本当に、自分だけの力で完成したものは、あるのでしょうか。

そして、誰も全体を知らないまま動いているものを、
私たちは、どこまで信頼してよいのでしょうか。



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