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「知っている」と思ったとき、その何かに閉じ込められている

「もう知ってる」と思ったとき、聞く耳が半分閉じます。
「わかった」と思ったとき、考えが止まります。

それが自然な人間の反応ですが——
その先に、気づかないものがある、としたら。


1959年、サンフランシスコに日本から一人のお坊さんが渡りました。

鈴木俊隆。1904年、静岡県に生まれた禅僧です。

当時のアメリカでは東洋の哲学や瞑想に関心を持つ人たちが増えていました。
鈴木は英語で禅を教え、その言葉が弟子たちによってまとめられ、
1970年に「Zen Mind, Beginner's Mind(禅マインド ビギナーズマインド)」として出版されます。

この本には、一つの有名な一文があります。

「初心者の心には多くの可能性があります。
しかし専門家の心には、ほとんど可能性はありません。」


これは「専門家より初心者の方がいい」という意味ではありません。

「知っている」という状態が、
新しいものを見る目を曇らせることがある——
そういう意味です。

「初心」という言葉があります。
「初心忘れべからず」——最初に感じた驚きや疑問を、手放してはいけない。

鈴木が言う「ビギナーズマインド」はそれに近い。
「初めて見る目」「何も決まっていない心」
——そこから学びが生まれる、と彼は言いました。


少し振り返ってみましょう。

ソクラテスは「自分が知らないことを知っている」と言った。
フレンケル=ブランズウィックは「あいまいさに耐えられることが成熟の証だ」と言った。
ガリレオは「見た通りに記録した」。
ダーウィンは「22年間、問いを手放さなかった」。
アーレントは「考えることをやめないことが人間の本質だ」と言った。
クーンは「枠組み自体を問え」と言った。

全部、同じことを違う角度から言っています。

「わかったつもりになるな」
「問い続けろ」
「枠組みを疑え」
「あいまいさを恐れるな」

そして鈴木俊隆も言います——「初心者の目で見続けよ」と。


AIがすぐ答えを出す時代に、
「わかった」が来るのがとても速くなりました。

問いを立て、検索し、本を読み、人に聞く——
その時間がどんどん短くなっています。

鈴木が言う「初心」は、
答えが速くなるほど、意識しないと失われていく何かかもしれません。

「まだわからない」でいられることが、可能性の入り口だと彼は言いました。
「もうわかっている」と感じた瞬間、扉が閉まりかけている、と。


鈴木俊隆はこんな言葉も残しています。

「あなたが何かを知っていると思うとき、
その何かに閉じ込められている。」

知ることは、解放でもあり、
同時に、ある限界の中に入ることでもある。

「わかったつもり」を手放すことは、
何かを諦めることではなく、
次の問いへの扉を開けることです。

「まだわからない」と思えることが、
もしかしたら、いちばん先に進んでいる証拠かもしれません。


ハルとおじいさん 第15部|学びの地図



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