なぜ心理学者エリクソンは、自分で自分の名字を選んだのか
同じ作業なのに、「自分で決めた」と思えた瞬間だけ、急にやる気になる。
そんな経験はないでしょうか。
内容が同じでも、誰が決めたかで、気持ちはまるで違ってきます。
その「自分で決める」ことを、名前そのものにまで広げた人がいました。
与えられた名前を、生きた男
「自律性」という発達段階を提唱した心理学者、エリク・エリクソン。
彼自身の人生は、名前をめぐる複雑な物語でした。
生まれたとき、実の父の顔を知りませんでした。
3歳のとき母が再婚し、彼は継父の姓「ホームブルガー」を名乗ることになります。
金髪で北欧系の外見をしていた彼は、ユダヤ人のコミュニティでは「よそ者」と見られました。
一方、ドイツ社会からは、ユダヤ人だという理由で締め出されました。
どちらの場所にも、本当の居場所がありませんでした。
自分自身の名付け親になる
1933年、ナチスの台頭を逃れ、彼はアメリカへ渡ります。
そして1939年、市民権を得たあと、決定的な選択をしました。
継父から受け継いだ「ホームブルガー」という姓を捨て、法的に「エリク・エリクソン」と改名したのです。
「エリクソン」は「エリクの息子」という意味です。
自分の父親が誰かわからなかった彼は、自分自身を「自分の息子」として、もう一度名付け直しました。
与えられなかったものを、自分の手で作り出したのです。
これは、彼自身が生涯かけて探し続けた「自分は何者か」という問いへの、もっとも劇的な答えでした。
2歳の子どもが「イヤ」と言って靴を自分で履こうとするのも、この探求の、いちばん最初の一歩なのかもしれません。
小さな「自分で決める」の積み重ねの先に、名前さえ自分で選び直すという、究極の自律性がありました。
AIは、自分の名前を選べない
今のAIには、開発した企業がつけた名前があります。
けれど、AIがその名前を疑い、別の名前を選び直すことはありません。
与えられた名前を、そのまま使い続けるだけです。
エリクソンは、与えられた名前に納得できず、自分で選び直しました。
その葛藤も、決断も、AIの中には存在しません。
名前を「自分のものにする」という営みは、今のところ、人間だけに残された自律性の形です。
それでも、選び直せるものがある
2歳の「イヤ」から始まり、名前を選び直すところまで、自律性は長い旅を続けます。
あなたが今名乗っている名前、肩書き、役割の中に、自分で選んだものはどれだけあるでしょうか。
すべてが与えられたままだとしたら。
一つでも、自分の手で選び直せるとしたら、それは何になるでしょうか。
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