自分の見ている世界は、世界の標準だろうか
自分が見ている景色を、
みんなも同じように見ているはずだと、つい思ってしまう。
その感覚は、どこから来るのだろう。

「人間の心」を調べた論文の、96パーセント
2010年、人類学者ジョセフ・ヘンリックたちが、
ある奇妙な事実を発表した。
それまでの心理学の主要な論文を調べたところ、
研究対象になった人の96パーセントが、
西洋の、教育を受けた、工業化された、
豊かで、民主的な国の人たちだった。
論文では、こうした人々を指す言葉として
「WEIRD(ウィアード)」という頭文字が使われた。
そして、その研究結果は、
「人間の心はこうだ」という、人類全体についての結論として、
教科書や論文に書かれていた。
たった一部の人たちのデータが、
いつのまにか「人間」そのものの標準になっていた。
見えている範囲が、世界のすべてだと思ってしまう
色の見え方、視覚の錯覚、公平さの感じ方。
こうした「当たり前」とされてきた心理学の知見の多くが、
実は、文化によって大きく違うことが、後にわかってきた。
たとえば、ある視覚の錯覚は、
工業化された社会の人には強く効くのに、
そうでない社会の人には、ほとんど効かないことがある。
研究者たちは、自分たちの周りにいる人を調べていた。
それ自体は、ごく自然なことだった。
ただ、その結果を「人間一般」に広げてしまったとき、
見えている範囲が、世界のすべてだという思い込みが生まれた。
AIが学んでいるのも、誰かの「見えている範囲」
今のAIの多くは、インターネット上の文章を学習してできている。
そのテキストの大部分は、
特定の言語、特定の地域、特定の層の人たちが書いたものだ。
AIが出す答えは、流暢で、自信に満ちている。
でも、その答えは、
「人類の知」そのものではなく、
ある範囲の人たちが書き残したものの集積だ。
WEIRD心理学が「人間の心」だと思い込んでいたものが、
実は一部の集団の心理だったのと、構造はよく似ている。
見えている範囲を、世界全体だと思い込んでしまう。
この同じ間違いが、形を変えて、何度も起きているのかもしれない。
「自分が見ている景色を、世界の標準だと思い込んでいる場面は、ほかにあるでしょうか。
AIが答えてくれることは、人類全体の知恵でしょうか、それとも、ある範囲の人たちの知恵でしょうか。
自分の「当たり前」が、実は狭い範囲のものだと気づけるのは、どんな瞬間でしょうか。
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