屋根の上のパネルは、なぜ一度、外されたのか
近所の屋根に、太陽光パネルが並んでいるのを、見かけることが増えました。
当たり前の光景のようで、ふと、いつからこんなに普及したんだろう、と思うことがあります。
大統領が屋根に設置し、次の大統領が外した
技術が広まるかどうかは、性能だけで決まるわけではありません。
1979年、アメリカのジミー・カーター大統領は、ホワイトハウスの屋根に、太陽光パネルを設置させました。
お湯を温めるための、実用的な設備でした。
当時は、石油危機の直後。
エネルギーを、化石燃料だけに頼らない未来を、政治のトップ自らが、屋根の上で示したのです。
けれど、その数年後。
次の大統領となったロナルド・レーガンの時代に、そのパネルは、屋根の改修にともなって、取り外されてしまいました。
技術そのものが、否定されたわけではありません。
しかし、象徴として掲げられていたものは、静かに、姿を消したのです。
その後、しばらくの間、ホワイトハウスの屋根に、太陽光パネルが戻ることはありませんでした。
技術があることと、使われ続けることは、別の問題だった
ここに、ひとつの、興味深いねじれがあります。
太陽電池という技術そのものは、この間も、着実に進歩を続けていました。
ベル研究所が実用的な太陽電池を発表したのは1954年。
カーターが屋根に設置したのは、その25年後です。
技術は、確かに、前に進んでいました。
しかし、それを使い続けるかどうかは、また別の、政治や社会の判断にゆだねられていたのです。
ホワイトハウスの屋根に、太陽光パネルが再び戻ったのは、それから、さらに何十年も後のことでした。
技術の進歩は、一直線には進みません。
設置され、外され、また設置される。その繰り返しの中で、少しずつ、社会に根づいていくのです。
今、私たちは、同じ揺れ戻しの中にいないだろうか
AIについても、似た揺れが起きているように見えます。
ある年には、期待と投資が一気に集まり、次の年には、規制や慎重論が強まる。
技術そのものの性能は、着実に進んでいるはずなのに、社会の受け止め方は、行ったり来たりを繰り返しています。
太陽光パネルが、屋根の上で設置と撤去を繰り返したように、AIをめぐる制度や空気も、しばらくは、揺れ続けるのかもしれません。
技術が「できるようになること」と、社会がそれを「使い続けると決めること」は、まったく別の問いなのです。
屋根の上のパネルのように、今使われている技術も、いつか一度、外される日が来るのでしょうか。
それとも、今度こそ、揺れずに根づいていくのでしょうか。
技術の進歩と、社会の覚悟は、どちらが先に進むべきものなのでしょうか。
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